米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏に産経がインタビューして、韓国が主張する従軍慰安婦の真偽を問いかけています。
ヨン氏は、「第二次世界大戦をいつまでも引きずっていてはいけない」と述べ、旧日本軍や官憲による慰安婦強制連行説については「論理的でない」と批判しました。
その上で、「安倍氏や産経新聞を歴史修正主義者と言っている人たちこそが歴史修正主義者だ。吉田清治氏やその本、朝日新聞の記事などの方が明らかに歴史修正主義だ」と述べました。
アメリカ国内に続々と建てられている慰安婦像について、「グレンデール市には2度行った。そこでカリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)のフィリス・キム氏とその助手に『1944年に米政府がまとめた(慰安婦は売春婦であるにすぎないと指摘する)日本人戦争捕虜尋問リポートは読んだのか』と聞いた。その時、キム氏の様子が変わった。『そんな質問はすべきでない』という態度だった」と述べました。
そして、「私はアジアで約20カ国を訪れたことがある。そのうち日本と問題があるのは韓国と中国、そして一定数の日本人だけだ」と言うことですが、この「一定数の日本人(サヨクのことです)」が一番厄介なのですね。
靖国神社参拝の件では、「靖国は日本にとっての米アーリントン国立墓地だと思う。他国が文句を言えば『Have a good day!(まあ、頑張ってね!)』と答えるだけだ。
第二次世界大戦はもう終わっているのだ。いつまでも引きずっていてはいけない。
私は靖国に行った際、宮司から『死亡した人の罪は全員が浄化され、英雄もなく全員平等だ』と説明を受けた。これをちゃんと英語に訳せば理解されるはずだ」とのことです。
インタビューはここで終わりですが、もし「南京大虐殺」について質問したら、どのような答えが返って来たでしょうか?
従軍慰安婦は吉田清治氏、朝日新聞、河野洋平氏と、日本だけが行った自作自演の自虐フィクションでしたが、南京事件は極東軍事裁判(東京裁判)がシナリオを書いた米中合作のフィクションです。ですからアメリカの公文書館もあまり当てにはできません。
この事件については、日本国民の中にも、「爺さんからそれを見たという話を聞いた」などの雑多な目撃証言が出ていますが、そのほとんどは「便衣兵」などの敗走兵を捕獲し処刑した現場を見たようで、それは中共などが言う「南京大虐殺」とは無関係のものです。
第二次世界大戦で、ドイツが降伏した後日本に対しすべての軍を向けたアメリカは、早急な戦争終結をしようとしていました。しかし、日本軍の抵抗は激しく、多くのアメリカ軍将兵に犠牲者が出てしまいます。
そこでアメリカ軍は、日本の戦意を挫けさせるために主要都市へ絨毯爆撃を行います。しかも日本の住宅を焼き払う目的の「焼夷弾」まで開発して・・・
これは明らかに戦時国際法違反です。民間人30万人以上を焼き殺したのです。硫黄島、沖縄戦と続く戦闘では、すぐに片付くはずだった戦闘が何週間も伸び、多くのアメリカ兵が亡くなりました。
トルーマン大統領は原爆の使用許可を出し、そして広島と長崎にそれを使用、人類初の核戦争をやってしまったわけです。
原爆開発は日本も行っていました。福島県の石川町と言うところにその開発部隊が置かれ、岡山出身の仁科芳雄博士が指揮していた極秘部隊です。仁科博士は湯川秀樹博士と並ぶ原子物理学の天才でした。
仁科博士の先頭文字を取って、マルニ機関と言われていたそうです。
核施設を連合軍によってすべて破壊されたドイツは、密かに日本へウランを送ります。攻撃を受けて撃沈した船も多いですが、それでも潜り抜けて日本にたどり着いたウランもかなりあったとか。
準備が整ったことを見て、東条首相と杉山参謀長官は皇居にて昭和の陛下に原爆開発の意義を説明します。それを黙って聞いていた昭和天皇は、やがて口を開き「そのようなものを作ってはならぬ」と仰せになりました・・・これで日本の核開発は終わったのです。
広島に原爆が落とされた時、昭和天皇はそれが何を意味するか知っていたのです。自分が殺されるであろうポツダム宣言の受託は、それでも受け入れねばならぬ陛下のご決断でした。
東京裁判で審議が進むうちに、アメリカが行った民間人の大虐殺が戦時国際法違反であり、そのままではアメリカの方が悪者になってしまう事態を迎えます。そこに助け舟を出したのが中国でした。「南京攻略の時、日本軍は30万の中国国民を虐殺した」というフィクションを作り、こともあろうに当時南京で指揮を取っていた松井石根陸軍大将を絞首刑にしてしまいます。
こうしてアメリカの行った民間人虐殺が、日本軍が南京で行った虐殺とツーペイであるとしたわけです。ここから「南京大虐殺」の虚妄の戦史が生まれたのです。
東条英機氏以下6名の絞首刑で「手打ち」となった太平洋戦争。それにより国体は守られ、その後の経済復興、日米同盟となり、戦後の世界秩序が構成されていきました。が、南京大虐殺の虚妄だけが取り残されてしまったのです。
中共は戦後のこの「手打ち」の取り決めを守れと声高に叫んでいます。しかし南京大虐殺はフィクションなのです。このフィクションを世界に認めさせるには、どうしてもアメリカの謝罪(フィクションを認めること)が必要になります。そしてアメリカはそう簡単には謝罪出来ません。崩壊寸前とはいえ、戦後の秩序はまだ存在するからです。
だからこそ、マイケル・ヨン氏に聞いてみたいですね。この南京大虐殺のことを・・・
その上で、「安倍氏や産経新聞を歴史修正主義者と言っている人たちこそが歴史修正主義者だ。吉田清治氏やその本、朝日新聞の記事などの方が明らかに歴史修正主義だ」と述べました。
アメリカ国内に続々と建てられている慰安婦像について、「グレンデール市には2度行った。そこでカリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)のフィリス・キム氏とその助手に『1944年に米政府がまとめた(慰安婦は売春婦であるにすぎないと指摘する)日本人戦争捕虜尋問リポートは読んだのか』と聞いた。その時、キム氏の様子が変わった。『そんな質問はすべきでない』という態度だった」と述べました。
そして、「私はアジアで約20カ国を訪れたことがある。そのうち日本と問題があるのは韓国と中国、そして一定数の日本人だけだ」と言うことですが、この「一定数の日本人(サヨクのことです)」が一番厄介なのですね。
靖国神社参拝の件では、「靖国は日本にとっての米アーリントン国立墓地だと思う。他国が文句を言えば『Have a good day!(まあ、頑張ってね!)』と答えるだけだ。
第二次世界大戦はもう終わっているのだ。いつまでも引きずっていてはいけない。
私は靖国に行った際、宮司から『死亡した人の罪は全員が浄化され、英雄もなく全員平等だ』と説明を受けた。これをちゃんと英語に訳せば理解されるはずだ」とのことです。
インタビューはここで終わりですが、もし「南京大虐殺」について質問したら、どのような答えが返って来たでしょうか?
従軍慰安婦は吉田清治氏、朝日新聞、河野洋平氏と、日本だけが行った自作自演の自虐フィクションでしたが、南京事件は極東軍事裁判(東京裁判)がシナリオを書いた米中合作のフィクションです。ですからアメリカの公文書館もあまり当てにはできません。
この事件については、日本国民の中にも、「爺さんからそれを見たという話を聞いた」などの雑多な目撃証言が出ていますが、そのほとんどは「便衣兵」などの敗走兵を捕獲し処刑した現場を見たようで、それは中共などが言う「南京大虐殺」とは無関係のものです。
第二次世界大戦で、ドイツが降伏した後日本に対しすべての軍を向けたアメリカは、早急な戦争終結をしようとしていました。しかし、日本軍の抵抗は激しく、多くのアメリカ軍将兵に犠牲者が出てしまいます。
そこでアメリカ軍は、日本の戦意を挫けさせるために主要都市へ絨毯爆撃を行います。しかも日本の住宅を焼き払う目的の「焼夷弾」まで開発して・・・
これは明らかに戦時国際法違反です。民間人30万人以上を焼き殺したのです。硫黄島、沖縄戦と続く戦闘では、すぐに片付くはずだった戦闘が何週間も伸び、多くのアメリカ兵が亡くなりました。
トルーマン大統領は原爆の使用許可を出し、そして広島と長崎にそれを使用、人類初の核戦争をやってしまったわけです。
原爆開発は日本も行っていました。福島県の石川町と言うところにその開発部隊が置かれ、岡山出身の仁科芳雄博士が指揮していた極秘部隊です。仁科博士は湯川秀樹博士と並ぶ原子物理学の天才でした。
仁科博士の先頭文字を取って、マルニ機関と言われていたそうです。
核施設を連合軍によってすべて破壊されたドイツは、密かに日本へウランを送ります。攻撃を受けて撃沈した船も多いですが、それでも潜り抜けて日本にたどり着いたウランもかなりあったとか。
準備が整ったことを見て、東条首相と杉山参謀長官は皇居にて昭和の陛下に原爆開発の意義を説明します。それを黙って聞いていた昭和天皇は、やがて口を開き「そのようなものを作ってはならぬ」と仰せになりました・・・これで日本の核開発は終わったのです。
広島に原爆が落とされた時、昭和天皇はそれが何を意味するか知っていたのです。自分が殺されるであろうポツダム宣言の受託は、それでも受け入れねばならぬ陛下のご決断でした。
東京裁判で審議が進むうちに、アメリカが行った民間人の大虐殺が戦時国際法違反であり、そのままではアメリカの方が悪者になってしまう事態を迎えます。そこに助け舟を出したのが中国でした。「南京攻略の時、日本軍は30万の中国国民を虐殺した」というフィクションを作り、こともあろうに当時南京で指揮を取っていた松井石根陸軍大将を絞首刑にしてしまいます。
こうしてアメリカの行った民間人虐殺が、日本軍が南京で行った虐殺とツーペイであるとしたわけです。ここから「南京大虐殺」の虚妄の戦史が生まれたのです。
東条英機氏以下6名の絞首刑で「手打ち」となった太平洋戦争。それにより国体は守られ、その後の経済復興、日米同盟となり、戦後の世界秩序が構成されていきました。が、南京大虐殺の虚妄だけが取り残されてしまったのです。
中共は戦後のこの「手打ち」の取り決めを守れと声高に叫んでいます。しかし南京大虐殺はフィクションなのです。このフィクションを世界に認めさせるには、どうしてもアメリカの謝罪(フィクションを認めること)が必要になります。そしてアメリカはそう簡単には謝罪出来ません。崩壊寸前とはいえ、戦後の秩序はまだ存在するからです。
だからこそ、マイケル・ヨン氏に聞いてみたいですね。この南京大虐殺のことを・・・
0 件のコメント:
コメントを投稿