2011年4月29日金曜日

アメリカの景気回復、それに比べて日本では

サブプライムローンの破綻から3年目。アメリカの景気が回復基調に乗ったようです。
バーナンキFRB議長の就任後まもなく起きた史上空前のローン破綻。それまでブッシュ政権を支えてきた優良債権と不良債権を混ぜこぜにした高配当の債権。そのカラクリが破綻をきたして世界同時不況に陥ってしまった経済界。
アメリカは国債を刷りまくり、それをFRBとか中共などに売りつけてドルを発行し続けました。そして3年、先月3月の住宅着工件数は見事に市場予想を上回ったことで、ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は1万2266ドルと大きく回復しました。
さらにアメリカの金融緩和策は今後も続くという見通しは変わらないため、株式市場は大幅続伸が続き、4月27日には1万2690ドルまで伸びました。

バーナンキ議長は、国債購入策を予定通り6月末で打ち切ることを決めたようですが、それでも緩和的な政策を維持するとの見通しを示しています。
市場関係者は「金融政策の不安要因がなくなり、1万3千ドルも見えてきた」と、かなり強気のようですね。
アメリカ企業の回復も目覚しいようです。3M(スリーエム)、フォード・モーター、ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)などが業績を向上させました。どうやらアメリカの製造業が息を吹き返し始めたように見えます。
破綻のあとの大量ドル発行が、国際的なドル価格を大幅に下げ、相対的に円が高くなったことは記憶に新しいところです。
その結果、アメリカの製造業が市場での優位を回復したと見られます。アメリカは生産能力のある国家です。自由主義を守るという戦略から、日本などに対して生産委託を始めたこと、そこに乗った資本原理主義が、ファブレスビジネスを展開し、人件費の安い国家に製造を委託することが盛んになって、アメリカの製造業が衰退を始めたことはご存知のとおりです。原因はあくまでもドル高にあったはず。生産能力さえあれば、それに見合う通貨発行はかまわないはずですね。

やがてサブプライムローン破綻。その後の通貨対策が的を得たものだったようですね。ドルの大量発行は功を奏し、アメリカ国民の人件費が世界の人件費の対して相対的に安くなってきたようです。
そうなれば国内の製造業が息を吹く返しても不思議ではありません。

これに比べて我が日本。未曾有の大震災に見舞われるも、経済対策はお粗末なまま。
日銀が行った金融政策決定会合では、今後の景気シナリオを示す「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」をまとめ、2011年度の実質成長率を、従来予想の1.6%から0%台後半に下方修正するのだそうです。(こんなことをするために彼らに給料を払ってるの?)
震災直後に増税を言い放つ政治家とか財務省。まったく事態が理解されていないようですね。
アメリカよりも10年以上も前に、土地バブル破綻で不況となった日本経済。いまだに本格回復していません。
バブル破綻の後の中途半端なケインズ経済に基づく景気刺激策も、円安にするほどの対策とはならず、金融緩和の追次投入が災いして国家の借金は膨らむ一方でした。
1000兆円に近い国債残高を見て、これを返済するには増税が必要などという政治家や財務省は、いったい何を考えているのでしょうか?
この借金の返済方法はただ一つ、金額はそのままで円の価値を下げることしかないはずです。
円の価値を下げるとは、物価が上がること。需要が無ければ出来ませんが、そこに降って沸いた大震災。円の価値を下げる絶好のチャンスなのではないでしょうか?

アメリカが取ってきた通貨対策。金本位をやめたニクソンショックから、今回のサブプライムローン破綻のリーマンショックまで、もはや昔の通貨政策では乗り切れない時代が来たことを示しているのだと思います。
日銀とか財務省が取っている政策は、その昔の政策のまま(ニクソンショック前)なのではないでしょうか?

お金とはいったい何なのか、もっとよく研究して、新しい時代にマッチした通貨政策を取って欲しいものですね。未曾有の震災もあったことですし・・・

2011年4月27日水曜日

ホリエモン有罪、2年6ヶ月の実刑に

私が病院に入院し、そのベッドの上で始めて知った堀江貴文という名前。その時始めてブログというインターネット上の機能を知り、翌年の2月26日から病み上がりで書き始めたのがこのブログです。
3月になって、MixiというSNSサイトを紹介され、そこに投稿を始めてすでに5年。ですからホリエモンの名前には興味がありました。

あまり内容がいい男とは思えませんでした。資本原理主義的な発想で荒稼ぎをしていた彼は、私の友人の間でも評判が悪かったことを覚えています。しかしそこに出てくる評価は、人間性の問題であったり「こつこつと研究しながら開発していく日本企業を馬鹿にしたやり方」などという評価であって、時代がグローバル経済を標榜していることは無視されました。
私は、グローバル経済がどのようになっていくのかに興味があって、もしそれがうまく行くならば堀江氏の行動は正当化される行き方だろうと考えたのですが・・・

2006年、東京地検特捜部が突然ライブドアを強制捜査し、その後の一連の捜査の結果として、彼は留置され、法廷闘争が始まります。
容疑としては、
1.証取法違反(風説の流布、偽計取引)
2.証取法違反(有価証券報告書虚偽記載)
の2つだったと思います。
いずれも経済犯罪ですが、詐欺罪は含まれていません。有罪を証明することが難しい容疑ばかりですね。
しかし世間一般は、何億というお金をあやつり、多くの投資家に迷惑をかけ、またインターネットという判りにくい情報機器を駆使したやり方が、その後に続く若者を増長するなどとして、社会的に葬り去ろうとしたようです。
保釈金3億円をポンとだして保釈となり、その後テレビなどに出演していたことも、世間から悪評を買う原因なのかも知れません。

2007年に東京地裁で判決が言い渡されます。検察の求刑4年に対して言い渡された判決は懲役2年6ヶ月。その時の裁判長の言ったことが「上場企業の責任者としての自覚が微塵も感じられない」というもの。世間の風評に媚びたような言い回しでした。
それから堀江被告の検察との戦いが始まります。即刻上告した堀江氏でしたが、2008年に東京高裁は堀江の控訴を棄却、ついに最高裁への上告となりました。
そして先日、2011年の4月に最高裁からも棄却の通告を受けて実刑が決まったということです。

即ち堀江氏は、風説を流布して偽計取引を行い、有価証券報告書に虚偽記載をした罪で2年半に渡り収監されることになります。
当然堀江氏は納得しないわけで、刑務所に収監されて2年半は出てこないでしょう。仮釈放とか刑期短縮があるのは、その罪を認めた時のみで、罪を認めなければ求刑通りの期間服役しなければなりません。
彼の人間性がどうであれ、本当に彼は風説を流布したのか、有価証券報告書に虚偽記載をしたのかは不明確なのではないでしょうか?
まさか「彼はシャバに置いておくと社会に悪影響を及ぼす」などというのが本当の理由ではないでしょうね。
2年半経過して釈放された時、再び何らかの罪状を付けて再収監なんていうのは、ロシアでしかあり得ないことを願います。

この裁判の間に経済社会が大きく変わっています。グローバル経済は瞬く間に行き詰まり、リーマンショックを経て急激にブロック経済の様相を呈してまいりました。
それにつれて世界はきな臭くなりつつあります。ロシアは北方領土に軍事基地を作る計画を立て始め、中共は尖閣列島を足がかりに沖縄奪取の作戦を進め、九州までの領土的野心をむき出しにしています。
太平洋を挟んで、戦争の駒は着実に進められているようです。アメリカの衰退とともに・・

グローバル経済を破綻に追いやった、あのサブプライムローンなどを考えれば、堀江氏の行為が犯罪と言えるのでしょうか?
ブロック経済がどういう結果をもたらすかは人類はすでに経験済み。そして世界中がいつか来た道を進んでいるように感じるのですが。
どんなに難しくても、人類が未経験な経済、秩序あるグローバル経済を確立しないと、人類規模での破綻がやってくるかも知れません。

堀江氏には、収監される2年半という時間に、このような問題を考えてきて欲しいですね。
人間に管理される経済秩序ではなく、オートポイエーシス的に生まれる経済秩序を模索して欲しいものです。堀江氏でなくても、他の経済学者でもいいですけれど・・・

2011年4月26日火曜日

統一地方選挙後半戦、民主惨敗・・変わらず

菅政権の災害対策が国民に受け入れられているかどうかを問う統一地方選挙、そうなってしまった感がある選挙でした。
すでに4月10日の首長選挙で菅政権の惨敗は見えていたとは言え、やってみなければ判らないのが選挙。しかし結果は思った通りのものでした。

3月11日の起きた未曾有の大震災。この不幸な出来事は、ある意味で低迷している民主党を立て直す絶好のチャンスでした。
国会審議中、菅首相の外国人から献金を受け取っていた問題が追求され、こんなことでもめている時、あの震災が発生したとか。
直ちに国会は休会。首相は官邸に戻り被害の把握から始めたはずです。そしてその後の対策がまずかったこと、それがこの選挙結果に繋がったのでしょう。

先ず、すぐに出さなければいけない「国家非常事態宣言」。それをしないで原発の被害などに走ってしまった菅首相。
首相が行うべき最初の重要なメッセージを失念しています。
被害状況の把握にどのくらいの時間がかかったのか、危機管理の甘さが随所に見られます。

村山政権の失政を繰り返さないように、すぐに自衛隊の出動を決め、米軍の援助要請も出したようですが、被害状況の把握の仕方に問題がありました。
状況が判らなければ最悪の事態を想定した対策を始めるべきところを、どうも軽く見てしまったようです。
それが自衛隊の出動を3万人規模として、翌日に5万人に膨らませ、3日目に10万人規模と膨らませることになったのでは。こうすると軍の作戦はその都度やり直しになってしまい、指揮系統が混乱するはず。菅直人最高司令官の失態と言っていいでしょう。
シビリアンコントロールなどと言うのであれば、軍事のことをもっと勉強して欲しいものです。
それが出来ないのなら、やはりミリタリーはミリタリーがコントロールすべきです。
売国政治家や市民活動家、サヨク・マスコミなどに騙されないように注意しましょう。最終責任を取るのは常に国民なのですからね。

次に原子力発電の問題。津波の被害でフェールセーフが機能不全となり温度の上昇から水素爆発という被害を出してしまいました。
震災直後から、必死の対策取っていた福島第一原発。しかし連絡が取れなかったのかどうか、有効な対策が取れないままの水素爆発。
そこに3日目に乗り込んだ菅首相。職員を励ますどころか3時間に渡って罵倒したとか。

非常事態宣言が出されないので、法律の適用がうまく行きません。被災地は瓦礫の中に多くの破壊された自動車が行く手をふさぎます。その車をどけることが出来ません。平常時の法律が生きていて持ち主の同意なくして勝手に動かすことが出来ないからです。
もっとも、どうにもならないので事後謝罪ということで道路確保のために移動させるわけですが、人命救助とか被災者救援を行うために法律違反を犯さなければならないのは、ひとえに「非常事態宣言」を首相がサボってしまったからでしょう。
法律をないがしろにする我が国の行政トップ。法の抜け道ばかり探して売国法案を通そうとすることには長けていますが、国家非常時には何も出来ないサヨク民主党の姿が白日の下に晒されたわけですね。

以上の結果が今回の選挙結果と見てよいのではないでしょうか。
国政の場では菅政権に退陣要求が出始めているようですが、そのあとに座る人材はどうやら小沢一郎元幹事長しかいないのでは?
しかし小沢氏に対するアメリカの反発は大きいでしょう。そして野党・自民党はいまだ影の薄い存在になっています。

当分の間、我が国は無政府状態がさらに続くと思った方がいいようですね。サヨクの売国奴は陰に隠れながら、売国法案を着々と発布しているようです。
このことにも十分注意しなければなりませんね。

2011年4月25日月曜日

復興債権はぜひ無利子国債で

最近復興資金を増税でまかなおうという、やりきれない財政政策の話が出てきています。
消費税を3%上乗せし、8%として復興資金に当てるというもの。財務省の主導らしいのですが、岡田総務相なども「返済の当ての無い国債ではなく、将来の返済が決められた国債の発行」などとサラ金の広告のようなことを申しております。
一般企業や地方自治体ならば、このような発言でも仕方ないでしょうが、主権国家の政府が同じ発想では、どうでしょうか・・・
主権とは、軍事独立と通貨発行が行えることを含みます。「地方主権」などと変な日本語を使う政党ですから、変な政策が出てきて国民を惑わせるのでしょう。

産経の田村秀男氏(編集委員)が、円高を梃子にした復興債発行を提言しております。
この中で、「未曽有の大震災に見舞われた上に、政府は機能不全で原子力発電所の放射能漏れを止められない。そんな国の通貨は暴落すると思いきや、円高が続く。なぜか」と、円高の問題を切り出しました。
その答えとして「日本は世界に比類のない債権国。民間が海外に持つ巨額の外貨建て金融資産を国内資金需要に回せるゆとりがある。インフレ政策をとる債務国米国のドルに比べて円の値打ちは下がりようがない。海外の投機勢力はそう読む」と説明します。
そして、「3月11日の東日本大震災後、ニューヨーク市場で1ドル76円台まで円相場が急騰、財務相・中央銀行総裁会議の電話会談が開かれ、各国は急遽、協調介入に踏み切った。最も積極的だったのは、米国である。もちろん大災害と円高進行の日本経済を救うためではない。
米金融市場がいわば日本発『金融版大津波』に襲われることを恐れたからである。」と述べておられます。

田村氏によると、「日本の国際金融業務での影はいかにも薄い。ところが東日本大震災を受けて国際金融市場のスポンサーとしての日本の存在の大きさが浮き彫りになってしまった。震災直後は日本の余剰資金のUターンラッシュが起きると投資家は読み、慌てて米国債を売り、とりあえずは日本国債を買って円高に賭けたということ」だそうです。

2005年あたりから、日本の銀行は対外融資を急膨張させてきたとか。原因は国内の慢性デフレに伴う国内向け資金需要の低迷。
その結果、英国(約5・7兆ドル)、アメリカ(約3・5兆ドル)に次ぐ約2・82兆ドルの国際債権を持つに至ってしまったとのことです。
しかも、英米はこの債権(貸した金)に対して債務(借りた金)も大きいのですが、日本の場合債務が少なく、圧倒的な債権大国になってしまったということです。
BISに加盟する全銀行の純債権合計が1兆9千億ドルであって、その中で日本の銀行が占める割合は、なんと85%の1兆6300億ドルを占めているとか。

このように歪んでしまったのは、日本の財務省の戦略ではなく無策の結果です。
財務省と日銀は、慢性デフレに悩まされ続けている日本経済を見ながら、それを無視してインフレ対策ばかり打ってきました。国民と民間企業に向かって、「返済の目処の立たない借金はするべきではないでしょう」とか「膨大に膨れ上がった借金をどうするのか!」というようなミクロ経済に立脚した発言。家計とか企業会計だけを日常見ている民間は、「そうだなぁ」と思ってしまいます。
これが慢性デフレの解決しない究極の原因ではないでしょうか?

東日本大震災を受けても、政府はいまだに同じ言葉を繰り返します。震災の不幸を利用した増税議論。そして慢性デフレはますます悪化の一途です。
田村氏は、「政府が巨額の復興国債発行を決め、日銀が発行規模に応じたお札を刷って市場に流す。すると、通常は通貨の大量増発ということで円急落の要因になってしまうと心配する向きもいる。ところが、復興国債を買うために民間金融機関が外貨建て資産を換金する際に円が買われるので、円相場はむしろ上昇するかもしれない。米国にはない金融債権大国の利点である。」と解きます。
そしてこの復興国債は無利子国債にしてほしいですね。無利子なら海外の買い付けはないでしょう。(日本の銀行が買う、ではなく買わせる、ですね)
日銀はお札を刷る必要もなく、どこかの端末に何兆円かの数字を打ち込むだけでいいと思います。わずか30分もあればすぐに出来ること。
あとは政府が銀行の中にある札束を被災地の復興に、惜しげもなく渡していけばいいだけです。

もともと日本の借金は1000兆円規模。そこに100兆円程度の追加があってもそれほど変化はないでしょう。(10%増加)
そしてそれがデフレ脱却のトリガーになれば、経済成長規模の物価上昇があって、金融は活性化し、税収は上がり、相対的に債務は減少します。(10%のインフレになれば発行した復興国債は相対的にチャラ)
それから消費税のアップ(同時に所得税減税)ならば大いに効果があるはず。円安傾向が生まれ、輸出もやりやすくなるでしょう。

2011年4月23日土曜日

よくわからない千葉県産ほうれんそうの出荷止め

千葉県で21日に発覚した、同県産のほうれんそう出荷止め違反に対する処置は、口頭で厳重注意するとともに、県内の生産者に出荷制限について周知を徹底させるというものでした。

問題のほうれんそうは、千葉県香取郡多古町で生産したもの。
大震災の後、東京電力福島第1原子力発電所の放射能漏れ事故が生じ、そのあと多古町のほうれん草を検査したら、暫定基準値を超える放射性物質が検出されたとして、国から原子力災害対策特別措置法に基づき出荷制限の対象となっているもの。
そのほうれん草が、パルシステム生活協同組合連合会(東京都文京区)に380束が納品されていたというのが、この犯罪(法律違反ですから)の内容です。

問題のほうれんそうは「コアフード・ほうれん草」(1束、税込み248円)で、同県芝山町の生産者から10日に納品されたもので、その後のパルシステム生活協同組合連合会の調査で、74束が流通していたことが判明した、というものです。

さっそく組合員に連絡して回収作業を進めていますが、一部は消費された(食べてしまった)ということです。
千葉県では「該当のホウレンソウは暫定基準値を下回っており、健康に問題はない」と呼びかけていますが、問題がないならなぜ出荷停止なのでしょうか。

そもそも、このほうれんそうの放射能、どういう経路で放射能に汚染したのでしょう?
福島第一原発から吹く風に乗って放射性微粒子が飛んできたのか、それとも雨に混ざって降ってきたのか・・・
しかしそれならば、なぜ千葉県の多古町だけなのか、どうにも論理的に説明が出来ないように思います。
福島第一原発の放射能漏れが原因なのかどうかをはっきりさせるためには、それ以前の多古産のほうれんそうの放射能値を明示する必要があるのでしょうが、そんなデーターは無いのではないでしょうか?

千葉県内には放射能の発生する場所は無いはずです。今回の放射能がどこで発生したものかもっと調べる必要があるのではないでしょうか?
さらに、なぜ健康に問題のない量の放射線量で出荷停止にするのか、その理由もアヤフヤな感じがいたします。

中共の核実験、北朝鮮の核実験などで日本に降りかかる放射能の量は多いはず。土壌にしみこんで長期に渡って汚染されている場所もあるはずです。
それならば、もしかすると震災前から多古町のほうれん草の被曝量は高かったかも知れません。ほうれん草は土壌の滋養をとても多く吸収する植物のようですから。
福島第一原発が放射能を漏洩したあとで、ほうれんそうの被曝量を測っても、必ずしもそれが福島のものとは断定できないのでは?
これをはっきりさせないと、中共の核実験の後遺症まで、あの震災と東電の責任にされてしまいます。
これは千葉県だけでなく、他の場所の農作物についても言えること。政治のさじ加減で少ないベクレルでも出荷停止などにされてしまいます。特に民主党政権下では。
中共や北朝鮮の核実験の残留放射能をごまかすチャンスなんですね。親中派や親朝鮮派にとって、今は。

多古町のほうれん草だけが被曝している理由がどうしてなのか、もっと論理的説明が欲しいものです。
それをしないで、出荷停止だけを守らせ、原発の責任にしようとするような、サヨクの教条主義的な感覚こそが、もっと危険なのではないでしょうか?
22日に出荷停止は解除されたようですけど・・・

2011年4月21日木曜日

東日本大震災は、原子力発電の幕を引くか・・3

電気代を上げることには、もうひとつの対策、温暖化対策の観点も無視できないでしょう。化石燃料を使用する発電コストも再検討する必要があるからです。
鳩山内閣が国際公約としてしまった2020年までに温暖化ガスを25%削減するという目標は、原発の増設を条件に設定したもの。今回の大震災から原発廃止を打ち出すとすると、到底無理な話となります。
この公約は一旦棚上げにする必要があるでしょうが、2050年までの延期という宣言でもいいかも知れません。
さまざまな発電システムが競争するようにして、温暖化に対して効率のいい発電システムが残るように持って行けばいいのですから。

日本の周辺国は、原発を止めないでしょう。安全性よりも経済性を優先し、安いコストで国際市場で優位に立つことでしょう。
この問題について、現在の日本の状態はどうでしょうか?
中共などに押されて国際市場での競争力はすでに失っています。設計・デザインなどを国内で行い、プロダクトは途上国で行うビジネスモデルで成功している企業が強いことは、すでに現実です。
即ち、日本のプロダクトコストにおける電気代の占める割合は少ないと考えてもいいのではないでしょうか?
国内需要の場合、プロダクトコストが上がることは製品の価格が上がることになります。30年以上の期間があれば、その間インフレ傾向が進むことになり、デフレ抑制効果が生まれるはずですね。国内でインフレが進むと円安の方向になります。それによって輸入品の価格も上昇するのでは?

日本国内の電力使用に対して省エネ化が進むと、電力需要は減少します。価格が需要と供給の関係で決まるとすれば、電気代は安くなる方向です。
ここに新たな電力需要としてEV(電気自動車)が登場するわけです。日本のエネルギー政策として、このEVは欠かせないアイテムです。ガソリンはどうあがいても輸入に頼らざるを得ません。経済的問題というより安全保障上の問題として提起されるべきもの。できるだけ使用量を少なくする方が有利です。
今後のエネルギー対策として、化石燃料(メタンハイドレートも含む)は、ともかく電気に変えること。利用する時は電気となったエネルギーを利用するようにして、地熱(高温岩体)発電とか太陽電池などと同じエネルギーとするわけです。
そしてピーク電力を下げる効果としてEVの電池を利用します。即ち、ガレージに格納されているEVはすべて送電ネットワークに接続して、ピーク電力が上がった時に供給電源として働かせるように義務付けます。(あるいはスマートグリッドのようにプロフィットが得られるようにしてEVの普及を目指す)

このようにして、高値であっても安定的に電力料金の値が収束してくればいいのです。分散した小規模発電設備は災害に対して強く、常に安定した電力を送り続けるでしょう。
また、EVに搭載された大容量バッテリーは、やがて快適な住空間を都市インフラの無い土地にも作ることが可能になり、都市集中の解消に役立つかも知れません。
住宅ローンに縛られた生活とか、高い家賃に生活費を取られる生活は、このような地方分散によって解消され、新たなライフスタイルの構築が始まることが期待出来ます。

21世紀末には、このようにして今とは大きく変わった生活のやり方が生まれているでしょう。

2011年4月20日水曜日

東日本大震災は、原子力発電の幕を引くか・・2

激しく損傷した福島第一原発。その収束に向けて必死の作業が続けられています。
この事故の発端が自然災害であることから、通常ですと対策の強化が計られて再建へ向かうのが筋ですが、原発となるとそうは行かないのではないでしょうか?
原発の危険性はそれほど高いものではないはずです。石油貯蔵庫とか製油所などに比べても、安全であることは間違いないでしょう。安全に資本をかけているからです。
しかしそれでも、この目に見えない放射能という恐怖は、人間の不安をどうしても拭い去ることが出来ないわけです。
反権力の手先となったような反原発運動は除外するにしても、「10万年後の安全」などと言う映画に象徴されるように、明確に安全を表明できない苦しさがあるからです。

そしてもう一つ、日本の原発のウィークポイントは、その開発体制から始まる政財界の癒着。
そして原子力安全委員会などにはびこる既得権益、学閥の力関係などが安全に必要な透明性を阻害しているのではないかという懸念です。
さらに、大東亜戦争敗戦後から始まる日本に対するアメリカの原子力政策と、ニュークリア・メジャー(こんな言葉はありませんが)と思われるプルトニュウムの流通経路も不透明です。
ニュークリア・テロリズムに対する配慮(核拡散防止条約など)で、このような不透明性に大儀が与えられていることも、核の安全を不透明にしている原因ではないでしょうか?

今回の大震災は、過去の例を持って安全基準とすることのむなしさを、我々にいやと言うほど見せ付けました。
それゆえに、今回の震災を基にした安全基準の強化を計ったとしても、それで大丈夫とは言えないことも判ってきました。100年に一度の大災害は、言い換えれば「あしたやってくるかも知れない大災害」であるということも判りました。

以上のことから考えると、もはや今後原子力発電所を建設する場所の確保は不可能だろうと言うことになります。
これまでのように過疎で経済的に行き詰っているところに、自治体トップの頬を札束でひっぱたくようなやり方での誘地活動を展開しても、こんどは住民が納得しないでしょう。
それでも札束の量を異常に増やせば応じる自治体も出てくるかも知れませんが、こんどは原発の唯一の優位性である経済的というメリットがなくなるはずです。
核廃棄物処理場の建設資金などは、10万年のローンになるかも知れませんね。誰がそんなローンを引き受けるのでしょうか?

原発廃止に向けた動きは、反原発運動では生じないでしょうけど、経済性が逆転すれば簡単に生じるはずです。発電コストが高くなった時、始めて代替技術の検討が本気で始まります。
問題はアメリカとかフランス、ロシアのような原発既得権を持った政治が、どのように動くか、そこがキーポイント。
アメリカはかなり脅してくるでしょうが・・・

これまで日本の原発が最も安全と言われたのは、安全に対するお金のかけかたが違ったからでしょう。欧米は経済性を重視していましたから。
しかし、ここまでしても安全は確保されなかったとなれば、経済性に疑問が出てくる可能性もあります。発電コストに莫大な賠償金まで上乗せすれば、他の発電技術に経済的可能性が出てくるはずですから。

代替発電のアイディアはいっぱいあります。すべて発電コストが原発より3~4倍高いと言われたものですが。
そして自然災害に対する電力供給の不断性を確立するには、莫大な発電量を一箇所に集中するのではなく、小さな発電設備を各地に分散させ、ネットワーク化した送電線で供給するように送電システムを変えていく必要もあるはずです。(コストはかかります。安全とコストは常に反比例しますから。しかしこのことは、安全保障上の公共投資としての活用にも最適ではないでしょうか?)
分散の強さは、すでにインターネット網で示されています。

このような考え方に立って現在の原発をどうするか考えると、廃炉に向けて段階的に縮小していくしかないでしょう。
今後30年くらい掛けて、電力代金を少しづつ上げながら、上記のような電力システムに置き換えていくわけです。(法律を作って行うべきでは?)
その間、省電力製品が普及していくでしょうし、新しい発電システムのアイディアも出てきて、投資対象にもなり、その経済的効果は抜群でしょうね。
30年とか40年という期限を切れば、そこで発生する核廃棄物の量と、これまで発生しているものを合算して、総量が決定されます。
これらの廃棄物を六ヶ所村の最終処理場などに集めて、その後日本人の責任において10万年管理する・・・そんなことは不可能でしょうから、少しづつ宇宙ステーション(希望・別棟、廃核ステーション)に持ち上げて、そこからまとめて地球をスタートポイントにした10万年ループ軌道に投入するのはどうでしょうか?(この費用も原発コストに算入しましょう)
核ゴミを宇宙に無責任に廃棄するのではなく、日本人、いや人類の責任において10万年後に回収するということです。
10万年後にも人類が存続していればの話ですけど・・・

(追記)それでも原発の研究炉はどこかに残しておくべきです。今後、宇宙開発が実用段階になった時、宇宙での生活エネルギー確保には、当面核エネルギーしかないでしょうからね。

2011年4月19日火曜日

海の次は山、深層崩壊の注意報

M9.0で、しかも広範囲に渡った東北・関東大震災。まだ余震が続いていますが、超巨大地震と、この強い余震によって、東北地方の地盤が不安定化、脆弱(ぜいじゃく)化し、「深層崩壊」の発生が懸念されるそうです。
揺れたのは東北だけでなく、関東も東京も揺れましたから同じことが起きているはずです。
表面はコンクリートで固め、アスファルトの道路、太い橋脚の首都高速と一見して頑丈そうですが、東京も元は山の中だったはず。深層崩壊であれば表面とは関係ないのでは?

東北地方は、山に雨が降ればそれは地下に浸み込み、それが崩壊して、かろうじて静止している岩の隙間の土砂を静かに流して、応力の変化に耐え切れなくなった岩盤が割れ、それを引き金として大規模な崩壊が生じる危険性があるそうです。
ですから、今年の梅雨時、あるいは夏から秋にかけての台風シーズンは、途方も無い山崩れとか崖崩れ、そして鉄砲水などの危険があるということです。

しかし、それが東京に無いとどうして言えるのでしょうか?
厚い関東ローム層に覆われているとは言え、幾つもの山があることは東北と同じ。その深層がどうなっているかは知る由もありません。コンクリートやアスファルトに覆われてはいても、水は流れてどこかに浸み込みます。すべてが排水路に入って下水管を通って海に流れるわけではないでしょう。
6~7月に掛けての雨の降りかた、そして秋口の台風の進路など、どう影響するかわかりません。
急斜面に積もっているローム層が地すべりを起し、摩擦杭をへし折ってビルごと崩壊することだってあるかもしれません。
耐震構造と言っても、だいたい関東大震災レベルの震度。そして横揺れでの評価しかしていないのではないでしょうか。
地下に突き刺すパイルが、予算の関係で岩盤(支持層)まで届くことも無く、摩擦杭でいいとするのは上部の加重に対して沈下しないという意味でしかなく、地盤そのものがすべりを生じることは想定外。
そのさらに下側の深層で、崩壊が起きることなど考えていたら建築などできるわけはありません。

土砂崩れの大半は、降雨が引き金となるそうです。厚さ2メートル程度の表土層が雨でゆるんで崩れるものが表層崩壊。しかし深層崩壊は、梅雨や台風などの大雨で、表土層下の岩盤深部に大量の水がたまり、高まった水圧が斜面を一気に破壊するという恐ろしいもの。
昨年は鹿児島県・南大隅町で長雨のため高台の斜面が深さ50メートルまで崩壊しています。
また、一昨年は台湾の高尾でゆるい泥岩層が深さ80メートルまで崩壊し、大きな被害を出しています。
深層崩壊発生の条件は、大量の雨と、長年の風化でもろくなり、水を通しやすくなった岩盤にあるというのが土木学会の結論。
この条件が、3月11日の地震で東京の深層であちこちに出来ているかも知れません。

東京でこのような崩壊が起きれば、その上に何がのっているのかわかりません。渋滞中の高速道路かも知れませんし、通勤時間のラッシュの電車かも知れません。
どこで生じても、大きな被害は免れないのではないでしょうか?そして東京で生活する都民には、逃げ場はないのですよ。

2011年4月17日日曜日

東日本大震災は、原子力発電の幕を引くか?

3月11日の東日本大震災は、いまだ余震が続き、さらに深層岩盤に出来たひずみのせいかどうか、4月16日の午前に茨城沖で新たに震度5強の地震が発生しました。
次第に東海大地震に近づいている恐怖はいなめないところです。東海大地震といえば、そこにあるのが中部電力唯一の原発である浜岡原発です。ここが福島のような被害を受けると、東京も危ないとか。

菅直人首相は12日の記者会見で、「浜岡原発のように地震域の上に立っている危険な原発を緊急に停止するというお考えはあるか」と聞かれて、「電力が不足するからそれは出来ない」というような答弁がされたと記憶します。
しかし、浜岡原発はそれでなくてもトラブルの続いていた原発。そして東日本大震災で福島第一原発が津波被害を受けると、すぐに高さ15メートル、長さ1・5キロにも及ぶ巨大防波壁の建設を決定したという、ドロナワ的対応をしています。(すなわちそれまでは砂浜が堤防の変わりとしてきたとか)

原発反対運動の非常識さはともかく、この原子力発電にまつわる関係者達の不誠実な対応も問題なのではないでしょうか。
原子力発電推進を語る方々も、いままでは耐震性の安全を述べていましたが、津波災害は認識が薄かったらしく、また使用済み燃料の格納プールにまで危険が内在していたことは、どうにも言い訳が出来ないようですね。

原子力は国策で進めてきたもの。即ち既得権益がものすごく、しかも政財界の癒着もものすごいようです。
原子力発電最大の魅力である発電コストの安さも、賠償費用などを考えると疑わしくなってきました。
原子力発電を推進したい国家、アメリカ、フランス、ロシア、そして中共は、今回の大震災における原発事故を何とか軽く収めたいところなのでしょう。
現在、福島第一原発では、アメリカの対策チームが一室に陣取り、東電が発表する災害情報をすべてアメリカと共有しているとか。
無政府状態の日本にあって、原発だけは何とかしたいアメリカの意気込みのすごさですね。

しかし、それでも世界は反原発の方向に向かっているようです。米シンクタンク「ワールドウオッチ研究所」の発表では、2010年の世界の新規発電容量は、風力や太陽光などの再生可能エネルギーが原発を初めて逆転したとしています。(本当かな?)
また、反原発の映画「10万年後の安全」が、当初の予定を早めて4月2日から公開され、連日満員だそうです。
この映画が扱っているのは、発電に使い果たしたプルトニュウム廃棄物(高濃度廃棄物)の最終処理場、フィンランドのルキルオトに建設中の"オンカロ(隠された場所)"がテーマのドキュメンタリーだとか。(まだ見ていません)

さて、このような原発不信の人々が未だ語っていない問題、電気代が3倍になるという現実は受け入れるのでしょうか?
原子力発電が止まると、当然石油関連が高騰します。そうなれば3倍では済まないかも知れません。
ピーク電力を下げる工夫も必要では。スマートグリッドなどの電力相場制度を取り入れて、小規模発電システム(代替エネルギー)を普及させる必要もあるのではないでしょうか?

どんなに原子力発電のコストの安さと技術の高さを述べてみても、一般大衆の拒否反応には勝てないでしょう。
電気代(電力コスト)も考慮に入れて、その上でエネルギーの未来を語って生きたいものですね。
ついでに中共のような、人権など無い国の原子力発電が、安いコストで経済的優位に立ってしまうことも考慮しながら議論したいものですね。

2011年4月15日金曜日

全国首長選挙、敗北は民主党・・・

全国統一地方選挙の首長選挙が終わりました。あとは地方議員の選挙が24日に行われます。
首長選挙では、ともかく「民主党の負け」と言える結果だったことは疑いようがありません。
しかし菅政権はそのことをまったく感じていないようですね。大震災のこと、初動処置に失敗した原発のこと、暴力装置と称した自衛隊の活躍など・・まったく責任を取るつもりはないようです。
他に責任を押し付けようと画策したり、被災地でも単なる人気取りのような発言が出たり・・彼らは政治と言うものが理解できていないように見えます。最初からそうでしたが。

考えてみれば、自民党時代にもいろいろなことがありました。しかしマスコミに何と言われようが歴代の首相は責任を取ってきました。総辞職と解散です。
ですから「キングメーカー」などといわれるフィクサーも存在しましたし、だからこそ次期首相の座をめぐって熾烈な駆け引き、政策のぶつけ合いもありました。
やくざの権力争いのようにも見えましたが、それなりの政治に対する情熱も存在しました。

今の民主党政権にはそういう自覚も覚悟も、激しい政治的情熱も無いようにしか見えません。
確かに解散は首相の判断ですが、選挙に対しての損得勘定で考えているだけように見えます。
「国民に真を問う」という判断はかけらも無く、勝算があるかどうかだけしか考えていない首相では、当初から首相の資格が無いと言われても仕方ないでしょう。

民主主義がこうなってしまうと、即ち衆愚政治の後に来る独裁政治のように見えます。ただしその独裁者のレベルが極端に低いというだけのこと。
他国の場合は「暗殺」が解決方法の一つとして登場してきますが、現在日本にはそういう発想は出てきません。
即ちこのままズルズルと国家溶解の残酷な道筋が待っているだけ。恐ろしいことですね。

謹慎中の民主党・小沢議員が、この震災のことで他の議員へ見解を示しました。
その中で、「政治家が最後に責任をとる覚悟を持てないのであれば、何のための政権交代だったのか。」と強い調子で現政権を批判しています。
そして「菅首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない状況」と首相を名指しで非難し始めました。枝野官房長官は、これを真摯に受け止めるそうです。

菅直人首相(党代表)と岡田克也幹事長に辞任を求める動きは、統一地方選前半戦での民主党惨敗を受けた以上当然のことかも知れませんが、この小沢氏の発言で一層拍車がかかりそうです。
ただし、民主党大敗の影には震災対応だけでなく、小沢氏の政治資金の闇もあることを忘れてはいけないでしょう。
さらにその裏にはアメリカの小沢下ろしもあったはず。
そして、自民党の不甲斐なさにも国民は絶望しています。谷垣総裁の増税発言にもあきれますが、民主党と同じように影の薄い総裁です。
震災対策案を出してもアピールするような活動になっていません。東北から北関東、千葉県までに至る復興の資金をどうするのか、財務省とか日銀の言い分などを跳ね除ける強いアピールが必要な時なのではないでしょうか?

菅首相に退陣を迫るのは良いにしても、そのあとの人事が見えて来ませんし、トップとしての非常時のリーダシップが取れるような人材が見あたりません。
どう考えても、100兆円以上の規模の国債の発行による資金調達しかないと思います。日本だからこそさらなる借金が出来るのですよ。
経済学者が長期金利がどうのこうの、などと言っても、非常時です。気にしないで果敢に実行。それが政治のリーダーシップ。
早くそういう道筋をつけないといけないはずなのですが・・・

2011年4月14日木曜日

Co2削減はどこへやら、日本国民の見苦しさ

かつて、新潟地震に見舞われた柏崎で、安全に停止した日本の原発技術。その時は日本の技術を褒められ、有頂天になっていた日本人。こんどはM9.0の大震災の津波被害で大失敗。
無能な総理に邪魔されたのか、廃炉の責任を取りたくないという無責任さからか、初動体制をミスって放射能が噴出しました。
いつしか震災の事故というフレーズは消えて、原発事故の怖さだけが、データの意味も判らず吹聴されているようです。
とたんに日本国民は、口々に「原発は怖い」と言い出す始末。
Co2削減だのクリーンエネルギーなどと言っていたのはコロッと忘れて、火力発電を動かしだします。高くなった石油の生焚き発電。こんなことでいいのでしょうか?

マスコミに煽られ、真実は隠されます。反原発に都合のいい情報が飛び交っているようですね。
今回の放射能量、レベル7だとか勝手な指標を使っていますが、米ソ中の核実験の時代(冷戦時代)は今回の一万倍くらいの汚染状態でした。そのことは語られません。
その時、我々は平気で野菜を食べ、牛乳を飲んでいました。海の魚も食べました。しかし我々は今、こうして生きています。日本は長寿の国になりました。

現実的には、福島第一原発を止めても、遊んでいる柏崎原発を動かせば大丈夫なはずです。
メンテナンスなどのスケジュールを見直す必要はあるでしょうけど。

石原都知事が「パチンコと自動販売機を止めれば、1000万キロワットはすぐに節電できる」と申しました。
パチンコ業界が使っている電気量は、どうやら450万キロワットくらいだとか。
自動販売機は、あの炎天下に路上で冷たい飲み物を売っています。良く判りませんが、相当電気を使っているのではないでしょうか?
韓国では撤廃したパチンコ。日本でも出来ないことは無いでしょう。北朝鮮がダメージを受けるでしょうが。

家庭で使っている照明を蛍光灯からLED電球に切り替えると、かなり使用する電気量は減少します。
私自信、自宅の照明を今年1月にすべてLED電球にしました。蛍光灯と併用すると暗い感じがしますので要注意です。
全てをLED電球に変えますと、目が慣れるのか暗さは感じません。スイッチを入れるとすぐに点灯しますから電球タイプの放電管よりも気持ちがいいですよ。
価格は高いですけど、長時間持つようですから、平均すればそんなに高くはないはずです。
LED電球はパナソニックのショップラインというレールに取り付けますと、何個付けたら必要な明るさが得られるか調整できますから便利です。蛍光灯タイプのLEDはまだ高いですので。
おかげで昨年よりも電気代がかなり安くなりました。

今年の夏は暑そうです。空調なしで日本国民がどこまで耐えられるでしょうか・・・

2011年4月13日水曜日

我欲を抑えろ!、石原都知事の弁

4選を果し、4期目の都政をまかされた石原東京都知事。
震災の影響で満足な演説が出来なかった候補者達ですが、その顔ぶれを見ても、やっぱり石原慎太郎氏しかふさわしい人は居なかったようにも思います。
しかし78歳というご高齢。次の都知事選挙にはもう出られませんから、どうか4年後の都知事選に向けて新人候補は今からインターネットなどを使って頑張って欲しいものです。

さて、再選された石原都知事、その最初の言葉が「日本はこれから大変。我欲を抑えて生活をつましくする決心をしないと日本はもたない。抑制しないとこの国は再生しない」というもの。
その上で「(震災は)国難。これを契機に立ち上がらないといけない。微力ですが私もがんばる。日本人同士肩をくんでがんばろう」と、東京だけでなく日本全国に呼びかけたようです。
そして「国の役人は何も気づいていないし、統御する政府もだめだ。東京は東京でやる。力はあるから東京のためだけでなく、日本のために東京が貧乏になったっていいじゃないか」と、民主党政権への挑戦とも取れる発言が続きました。

「我欲」とは自分一人の利益・満足だけを求める気持ちです。
もともと日本人の我欲は「名誉」であって「物欲」とか「金銭欲」ではなかったはずです。それが大東亜戦争での敗戦後、アメリカからやってきた合理性で「企業」とは「利益追求の組織」という教えが広まり、高度経済成長を経て目に見えて豊かさを実感するようになると、「豊かさを求めることは悪いことではない」という考えが常識化しました。
もちろんそれは「産業主義」では正しいことですが・・・

江戸時代、まだ産業というシステムが無かった頃、日本は高度に発達した分業制度がありました。生産が細かく分業されていて、生産プロセスが多岐にわたる職人の腕に掛かっていた時代。
大量生産は出来ませんが、分業制度での作業効率は良かったようです。
世の中に需要はありますから、作ればなんでも売れた時代。ただし職人の腕が良くなければ値が付かない厳しい時代でもあったわけです。
「腕のいい職人は宵越の銭は持たない」ことが当たり前で、「江戸っ子の生まれそこない銭をため」などという川柳もありました。
これが「粋(いき)」というもので、「銭が欲しけりゃ腕を磨け」ということ。
要約すると「貯金をするな(我欲に走るな)、腕を磨け。そうすれば仕事はいくらでもやってくる」というのがカッコいい生き方だったということです。

現在でもこのような生き方が必要な場があります。「芸能界」「スポーツ界」「さまざまな芸術(職人)の世界」などがそうでしょう。
ある意味で、腕を磨けばお金がついて来る世界ですね。そして「我欲」の強い性格は必ず嫌われます。

腕を磨いて「もらった賞金は全額、被災地に寄付します」などと言うと英雄になれます。
欧米諸国(即ちキリスト教圏)もこの言葉には感動したようですから、こういうことをカッコいいと感じるのは日本人だけでもないようですけど。

石原都知事の言う「我欲を抑えて生活をつましくする決心をしないと日本はもたない」ということを、江戸時代の生き様に合わせて考えればカッコいいことなのかも知れません。
「生活をつましくする」とは、ケチケチと倹約して生きることではなく、いつでも自分の腕で稼ぐことが出来るが、今は金が無い・・・という生き方であって、人様が困っている時こそ、「自分の腕の見せ所」として大いに働く・・という精神のことではないでしょうか?

2011年4月11日月曜日

トヨタとマイクロソフトが提携、では日産は・・

日産の電気自動車・リーフに乗ってみると、その電池の容量に驚かされます。日産が開発したリチュウム・イオンの大容量バッテリーは、120km分の電気容量は確実の持つからです。
対するトヨタのプリウスは、高速道路では100%ガソリン車になっているようで、搭載しているニッケル水素電池には、リチュウム・イオンのような容量は無いでしょう。

しかしトヨタも次世代EVを捨てたわけでは無いはず。おそらく日産とは異なるリチュウムイオンバッテリーを開発していることでしょう。
それが今回のマイクロソフトとの提携になったはずですね。
IT(情報通信)事業で提携したと正式発表された両社、会見では次世代送電網(スマートグリッド)の開発も推進し、スマートグリッドで車と住宅をつなぎ、エネルギー消費を総合的に管理するシステムの実証実験を行うようです。
大震災で原子力発電を廃炉にするほどのダメージを受けた東京電力が、夏場のピーク電力抑制に向かう時節、スマートグリッドは大きなインパクトを持っています。

一方、100%EVを先行販売している日産・ルノー、リーフの設計を見るとスマートグリッドに対応していません。
即ち、搭載している電池から100V一般家電用のプラグが抜け落ちているのです。もちろん充電ケーブルにもスマートグリッドへの配慮が欠けていますし、インターネットを使った自動車情報サービスシステムも、「充電状態」とか「乗る前エアコン」、「エコツリー」などのサービスは作ってあるものの、まだスマートグリッドに対するシステムは出来ていません。

スマートグリッド構想は、もともとGEとGoogleが共同提案したもの。それをトヨタ:マイクロソフトがパクろうとしているように見えます。
となれば、日産・ルノーが提携するのがGoogleとなることは間違いないのではないでしょうか?

Googleはインターネット事業では大成功を収めたものの、OSではいまだマイクロソフトに差をつけられています。一方のマイクロソフトは、パソコンの購入目的がインターネット接続となってしまった今日、OSだけでは先が見えていることを痛切に感じているはず。

そして舞台は次世代自動車に移りつつあるわけです。市場原理で電気のピーク電力量を下げたり、あと40年ほどして登場する高効率太陽電池でエネルギー事情が大きく変わることを念頭に、ネットとエネルギーと空間移動のEVと、そして住宅とライフスタイルの総合インフラストラクチャ事業での勝利を競うことになるのでしょう。それに意味があるかどうか、それは判りませんけど。

EVは、単なる自動車ではありません。一種のエネルギーボックス、即ち生活におけるエネルギーキャパシタ(コンデンサ)です。
電力ネットで計算された時々刻々変わる電気料金を捕らえて、利益が出るようにチャージしたり放電したりする機能を持たせなければ、完全100%EVにならないことは当たり前なのです。

EVを自動車として用いる場合、もう一つの問題点は急速充電の充電時間の問題でしょう。現在の日産リーフのバッテリーは40分近くかかりますが、それでも容量は80%まで。これをもっと改良する必要があるでしょう。電圧・電流を上げて、発熱を抑え、10分以下で満充電になるバッテリーの開発が急務です。電気容量は現状のリーフバッテリーでも十分。もっと容量をあげるのもいいですが、重量が重くなってはだめでしょう。
大電流を通す電線は、カーボンナノチューブ電線などの開発が待たれます。


2040年以降、高効率太陽電池が登場しても、夜間の発電が不可能なのは今とおんなじ。
そのため、どうしてもバッテリーは必要不可欠。そしてそのバッテリーこそEVとして提供される形式を取るはずです。
ここが考慮されたEVでなければ、ほとんど意味はないはずです。

日産リーフはクリーンエネルギーを謳い文句にしてしまいました。排気ガスが出ないからクリーンだとしても、その電気の元が放射能を出してしまった以上、もはやクリーンとは言えないでしょう。一番あせったのはアメリカとフランスかも知れませんね。

21世紀の繋ぎ発電だった原子力発電。それが大震災で苦しくなってしまった以上、高効率太陽電池の開発を急がなければなりません。
しかし、それはまだ基礎研究の段階なんですよ・・・

2011年4月9日土曜日

計画停電と節電、東京電力の説明不足・・

大震災で原子力発電が破壊され、東京電力株式会社はその供給能力が落ち込み、そのために計画停電が発案され実行されました。
その結果、信号機なども消灯してしまい、交差点の事故も発生したようです。
これから夏場になると、冷房需要から電力需要は高くなり、供給発電量を超えると全体的な電圧降下が生じて、変圧器などのトラブル、社会システムの電子機器(例えば現金の電子処理)などに思わぬ支障が生じてしまいます。
この電圧降下を避けるものが計画停電ということですが、これにも社会的影響があって、あまり感心できませんね。
発表では、どうやら6月までの計画停電は無くなったようですが・・・

今回の震災の破壊のすさまじさは、現地に行かないと判らないくらいすごいということです。すなわち写真とかビデオでは到底その全貌を掴むことが出来ないくらいだと言うことでしょう。
その復興に全力が注がれるべきですが、その資材の供給がままならないとか。それを製造する工場が被害を受けているからです。
これらの復興に先ず必要になるものが電力であることはいうまでもありません。建材の製造・加工などには莫大な電力が必要ですし、その工場は全国に散在します。そしてそれらの連係がないと一箇所でも欠けると製品が完成しないことになります。(建築・土木は裾野の広い産業ですから)
計画停電をきめ細かく行ったとしても、復興が遅れることは間違いないでしょう。

現在の東京電力の震災前の発電能力は7800万KWだったとのこと。そしてそれがあの大震災後に4500万KWに落ち込むとか。
休眠中の火力発電所を復旧させて、フル稼働すれば5700万KWは可能だけれども、メンテナンスなどの必要性を考えると4500万KWがいいところだとか。
そこを何とか無理させても、5000万KWが限界。夏場のピークでは1000万KWは不足することになります。

しかしどう考えても計画停電はまずいのではないでしょうか?
製造ラインは一般的には流れ作業。途中で3時間の停電があるとすると、結局その一日は生産が出来ないなど、このような弊害が生じる工場もあるはずです。生産性の落ち込みは3時間分では済まないことを認識すべきでは?
生産性が落ちるということは、それだけ復興の足を引っ張ることになるでしょう。

そうすると残された道は節電ということになりますが、目的はピーク電力を下げることにあるはずです。
電力使用の下がった時間帯に節電しても、ほとんど意味がないことをもっと宣伝すべきではないでしょうか。
そして電力ピークがいつなのか、そういう情報も逐次知らせる方法を取るべきでしょう。
夏の冷房需要のピークに向けて、大型ビルの空調需要を調査し、大型ビルなどが持ち回りで空調を停止させるなどの対策は可能だと思うのですけど。(これには政府の命令が有効では)

電力需要が上がって来たときに電気代を上げ、下がってきたときに電気代を下げ、需給関係の市場原理を使ってピーク電力を下げようというのがスマートグリッド構想の基本思想です。
この情報をコンピュータネットワークを使って自動的に表示し、電力ユーザの判断で節電させること。そして安い時にバッテリーに逐電するなどの方法で一般需要に影響が出ないようにするのがこの構想の目的だったもの。
今回の大震災には間に合いませんでしたが、このような啓蒙活動は継続すべきではないでしょうか?
原子力発電の復旧にはまだまだ時間がかかりますし、もしかしたら廃止の方向に動くかも知れません。そうなると大気汚染のはなはだしい火力発電が再び主流になってしまうでしょう。
恐らく石油価格は上がるでしょうから、蓮舫議員ががんばっても、やがて電気代の値上がりは避けられないと思います。

今後の長期に渡る節電を推進するためにも、スマートグリッド構想は進めるべきだと思うのですけど。
大容量のリチュウムイオン電池もすでに自動車用に出来ていることですし、これからの大型ビル建設には大容量バッテリーの設置を義務付けるなどの方策も、原子力発電の負担を軽減する処置として有効なのではないでしょうか。

2011年4月8日金曜日

麻薬組織と戦った女子大生警察署長の顛末

メキシコ北部、チワワ州の米国との国境の町、プラセディスで2つの麻薬組織の抗争が激化、街の治安がどうにもならないほど悪化してしまいました。
10年前は、危険で夜道が歩けないなんてことはなかった安全で平和な街でしたが、麻薬組織が入り込んだとたんに、麻薬取引をめぐる抗争とみられる暴力事件で死亡者が急増し、危険極まりない街になってしまったのです。

そこに昨年の10月、大学で犯罪学を学んでいるマリソル・バジェスさん(20歳)が警察署長を志願、街の人たちと協力して麻薬組織と対峙しようとしました。
その背後にはホセ・ルイス・ゲレーロ新町長がいて「若いが、勇気と優れた行動規範を持ち合わせた適任者」として就任を懇願していたとのことですが。

プラセディスという街は、メキシコ北部チワワ州にある人口約8500人の町です。
彼女の作戦は、女性の職員をもっと増やし住民との交流を深め、「私の部下が一軒一軒訪問し、犯罪者を見つけたり、市民にふさわしい価値観を教えたりするようになれば」というもの。
2人のボディガードに守られながらも、自身は銃などを持たない平和の使者という出で立ちで、麻薬組織を待ちから追い出す決意だったようです。

しかし、プラセディスはヘスス・マヌエル・ラーラ町長が息子とともに暗殺されたり、昨年12月には28歳の女性署員が武装集団に拉致される事件が発生。現在も、署員の行方は分かっていないような状態。

メキシコのフェリペ・カルデロン大統領(48)は就任以来、軍を動員して麻薬カルテル撲滅作戦を展開。この2年間で37人のボスのうち、半数を逮捕または殺害したと成果を誇っているようですが、それが麻薬組織を怒らせたのか、2006年以降には麻薬組織に殺害された人の数が年間最悪の1万5273人に上っているとか。

暴力では麻薬組織を潰せないということでしょうか、この20歳の犯罪学専攻の女子学生を警察署長に据えた意味はそこにあったと思います。

しかし結果は・・・
麻薬組織は彼女に接近、犯罪組織から便宜を図るよう要求されはじめ、やがて従わなければ殺すと脅迫を受けるようになってきたとか。
脅迫は親族にも及び始め、そしてついにこの3月、就任から半年を経ずして、アメリカへの亡命を意義なくされてしまったとか。

世界中にはびこる麻薬組織。麻薬・覚せい剤の世界的蔓延は、世界規模での経済格差の広がりと、景気後退の悪循環が広がれば広がるほど活発になることでしょう。
武力を使っても、ソフト路線で対峙しようとしても、麻薬が裏ビジネスとして莫大な資金を動かす限り、抗争も激化していくことは当然でしょう。
アフガニスタンとか北朝鮮など、破綻国家は麻薬組織にとって絶好の製造場所であり、賄賂や独裁がはびこっている国家は、その流通を支える絶好の取引場所なのではないでしょうか。

最近、メキシコのタマウリパス州サンフェルナンド郊外で、8つの穴に埋められた59人の遺体が見つかりました。麻薬密輸組織とみられるグループにバスの乗客が連れ去られる事件があり、捜査当局は、その連れ去られた乗客の、殺害された遺体と見ているとか。どうやら麻薬組織から密輸への協力を迫られて断ったのが殺された理由のようです。
ここでは昨年8月にも72人の不法移民が、密輸への協力を断って殺されているそうです。
日本ではまだこれほど大勢が殺される事件はありませんが、このメキシコの凶悪大量殺人は、明日の日本かも知れませんね。覚せい剤の蔓延はひどいもののようですから。

どうすれば麻薬・覚せい剤の撲滅を計れるか、それを各国の善良な国民が考えること。少なくとも無関心ではいないことが、最大の防御なのかも知れません。
このメキシコの女学生、マリソル・バジェスさんの勇気には敬意を表しますが、どうも作戦がまずかったようです。
アメリカに亡命後も、諦めずに戦いを続けて欲しい・・・心理学とか社会科学などを学び、麻薬・覚せい剤撲滅の戦いを是非とも継続して欲しいと心底から思うのですけど。

2011年4月7日木曜日

sengoku38さんの「何かのために」を読んで

大震災のおかげで、すっかり影が薄くなってしまった「尖閣列島問題」。
その中共の漁船が海保の船に体当たりしている映像をYouTubeに公開した元海保保安官の一色正春氏が書き下ろした本「何かのために」です。

震災前にアマゾンで注文していたもので、震災のおかげですっかり忘れていたところ、3週間を経て宅配で届きました。
さっそく読んでみると、なかなか面白く書かれています。一気に読んでしまいました。

その感想ですが、第一印象として、彼は「サムライ」的であると感じたことです。
本の内容は、まずこのビデオを公開するときに考えたさまざまな葛藤、そして公開後に起きたことと、拘留されつらい調査を受けたこと。そして最後に日本国民に対する希望を述べておられること。このような構成になっておりました。

公開前の葛藤とは、もし公開すれば海保の仲間を始め船長など多くの人たちに迷惑がかかるということと、自分の職がなくなり家族が路頭に迷うこと、などが頭に浮かび苦悶したことが掛かれていました。そしてその葛藤の末に、最後は公務員という立場は国民のために働くのであって、海保という組織や上司のためではないということに気が付いたということです。
そして、このビデオを公開することで、何も知らされないよりも知った方が国民のためになるし、同じく何も知らされない中共の国民の為にもなるという信念があったということです。
結果的には、公開した後の今でも、自分のしたことが正しかったのかそうでないのかは判らないとしています。

ただしあの時は、公開できる立場にあって自分の正義感に反して公開しなければ一生後悔するし、息子に対する裏切りになるとも感じられたそうです。もちろんそれは将来の日本に対する裏切りという意味でしょうね。

約10年の海保の仕事で、中共の駆け引きをいやというほど見てきた彼は、その都度「謝罪と保証」を繰り返す日本政府と、何も知らされず日中友好などという言葉にごまかされている日本国民に、本当のことを知って欲しいという気持ちが強かったようです。
そこに発生した今回の尖閣列島事件。船長を解放した時の無念さと、その直後に行われた中共からの損害賠償請求という、いかにも中共的な厚かましさ。そして最後の「あのビデオは国会議員だけに見せて一般公開はしない」という日本政府の決定。ここで彼はインターネットによる公開に踏み切る決心をしたということでした。

公開後、その翌日になってテレビが大騒ぎになっていることを知り、インターネットの情報拡散効果がいかにすごいかを知ったとか。
そしてすぐに名乗り出なかった理由として、このビデオができるだけ多くの国民に見られるように時間を稼ぎたかったからだとのこと。より多くの日本国民に尖閣列島付近でなにが起きているのか本当のことを知って、その上で国民の方々に考えて欲しかったということです。
テレビ局が繰り返し放映していることと、ダウンロードされ、他のサーバでも公開され始めたことを知って、翌日の夜、自分のサイトからは降ろしたということも書かれていました。

その後、操作の手が漫画喫茶までに絞られてきたので、自分がやったことを船長経由で当局に告げたとのこと。拘留の身になって、その厳しい取調べを受けて感じたことなど、そして支えてくれた家族、同僚、そのほか大勢の支援してくれた方々に対する感謝が綴られています。

そして最後に、日本国民である読者に対して、政府批判をするだけではこの国は立ち直らないこと、勇気を持って行動に移して欲しいことなど、彼の希望が述べられていました。

淡々と綴られる文章、そしてその内容から、江戸時代のサムライの忠義感の葛藤を見る思いでした。
あきらかに下される命令が公務員の本分と違う時、その命令に背いても大儀に殉じる覚悟のありようが伝わってくる本、それが私の読後感です。
ぜひ一読をお勧めいたします。

2011年4月5日火曜日

民主党、岡田幹事長は国債の日銀引受に反対

このところ、岡田幹事長が良くマスコミに出てくるようになりました。
菅政権への批判が多く、しかも前原外相が20万円の外国人からの献金で引きずり降ろされてしまいましたから、民主党贔屓のマスコミが、岡田幹事長を持ち上げようとする気持ちは判ります。

民主党は災害支援のボランティアを行う国会議員に対して、民主党という党名を表示せずに参加するよう求めているとのこと。
党震災ボランティア室が所属議員に出した「被災地支援活動へのご参加のお願い」と題したボランティア募集のチラシで要請されていたもので、同党議員とわからない服装で参加するように記載されているとか。
理由は「あくまでも個人の行動」だからだそうですが、支援される側からすると、国会議員のボランティアであればどこの政党かを聞きたくなるのは人情では?
だったら各政党とも日の丸の下に党名を小さく書いたワッペンを付ける様に決めるなどとした方がいいのではないでしょうか。
もっとも、民主党はその党のマークを日の丸を切り刻んで作った政党。前首相の鳩山氏が得意になって日の丸を貶める発言をしたことは記憶に新しいところ。日の丸の下に党名を書くのはいやなのかも知れませんが・・・

さて、鳩山・菅・前原と挫折したあとの、最後の切り札「岡田幹事長」ですが、復興財源確保に向けて党内でやっと浮上してきた「震災国債」の日銀引き受け案について、「反対」の立場を4月2日に示しました。
「日銀に引き受けさせることは、財政規律を失わせることになる。そういう議論をすること自体が、日本の国債に対する不信感を高めることになりかねない」という理由だそうです。
しかし、その行為がなぜ財政規律を失わせることになるのか、議論自体をするべきでないということは何故なのか、なぜそれが国債に対する不信感を高めることになるのか・・何も説明しておりません。

確かにお金の発行を政府自身が行うことは認められておりません。ですから日銀という中央銀行が設けられ、分権となっていることはご承知の通りです。
しかしその意味は、政府に通貨発行件を持たせるとインフレになるから・・ということです。
過去を調べて、そのような経済破綻の例を挙げることは容易でしょう。
しかし、現状の日本は長期のデフレに苦しんでいるのです。
そこに今回の大震災。言い方は悪いですが、自然が与えてくれた巨大な需要喚起が行われたということになるはずです。
多くの工場が被災しましたが、皆その復興努力を行っている時です。すぐに生産再開の目処はつくでしょう。電力不足も乗り越えなければいけない問題です。
巨大な需要が突然現れ、生産活動も確保されようとしている時、不足しているのは流通通貨のみ。
それも長期に渡るデフレ下で、日銀と財務省が取ってきたインフレ対策の結果です。
増税で復興資金を捻出しようなどと、とても不可能なシナリオに執着しているのはなぜでしょうか?

アメリカは国債をFRBに引き受けさせて、ドル価値を引き下げました。もしかしたらその前に巨額のドルがなんらかの形で円によるヘッジをかけているのかも知れません。
そのため、円の増発による価値の下落が起きると大変なことになるということから、どこかから圧力が掛けられ、それが岡田幹事長の発言につながっているのかも知れませんね。
日本の国益から鑑みると、どうしても解せないのですけど。

聞くところ、アメリカ国民が行った日本支援のさまざまな義捐金募集の総計が、約1兆円に近い金額になっているとか。
これほど日本を支援してくれるのかと驚き、そして感謝いたしますが、もしこのお金が日本にそのまま入ってくれば1兆円分のインフレを起こすのではないでしょうか。
そしてその1兆円が、復興のための日本企業への発注となって生産活動が活発化すれば、その分景気は回復しインフレは吸収されるはずです。
日本企業が活発化すれば税収もその割合で、ほっといても増加します。
だったら日本政府と日銀が、もっとお金を供給しても同じ効果が現れるはずですよね・・・

2011年4月3日日曜日

震災時、やはり一番問題はトイレですね

大震災で、犠牲者のご遺体収容と、生存者救出がひと段落すると、次に出てくるのは避難民収容施設の混乱回避とヘルスケア。
食料品、衣料品などは全国から集まってきますから、自衛隊などの物流体制によって配布出来ます。なかなか満足な配給はできないでしょうけど、それでもその実行は可能です。
しかし人間どうにも我慢できないものが排泄です。震災直後は地べたに穴を掘ってそこに行うことも可能ですが、避難所などに被害者を集めますと大変なことになるのは必定。

そして案の定、汚物の氾濫と悪臭、そして疫病の蔓延が始まろうとしているようです。
社会インフラが壊滅してしまうのが大震災。歴史を探して過去の災害に同じ規模があったにしても、その時の社会環境は今よりも自然に近かった状態で参考にはならないはず。

阪神・淡路の震災でも一番の問題はトイレだったとか。
特に若い女性が用足し中に暴漢に襲われた・・などという話が漏れ伝わっていました。
マスコミはこのような報道をしませんでしたから、いわば情報隠蔽の状態で、ゆえに今回の大震災に生かされず、再び悲劇が襲います。

災害は3段階に区別されます。1段階は震災直後。生命の危機を脱することが最優先の時期。救助隊とか自衛隊が活躍する時期です。
その時期が過ぎると第2段階、避難所生活の危機が始まります。近親者の死、財産の消滅、生活資材の消失と欠乏、そして自暴自棄になった人心の乱れなどが始まります。この時期に上記のような問題が発生しやすいのではないでしょうか。

誰でも汚物はいやなもの。近代社会は都市という空間を作って下水道を完備させ、大規模な設備で浄化槽などを通し自然に水を返すという仕掛けを作っています。
しかし大震災はこのようなインフラを破壊します。被災地での汚水処理には超小型化した可搬性の浄化槽、肥料化を可能にする装置が必要なはずです。

現在はこのような装置の研究はなされていません。もし災害に強い都市を建設するのであれば、ライフラインの小型化・可搬化・独立性を確保しなければならないでしょう。
一件の住宅で、発生する汚物・汚水を処理し、外部に漏らさない設計というものは、ゼロ・エミッション住宅などで考えられてはおりますが、まだ実用化には至っていないようです。

現在の汚水処理プラントは、最低でも200所帯くらいが対象でないととても高くついて実際的ではないとか。
これを一個のトイレごとに行えれば、被災地での緊急トイレに利用出来ますし、周辺の衛生環境を壊すこともないのですけど・・・

2011年4月1日金曜日

電力危機と電気自動車

原子力発電の不安が解消されない限り、電力不足は続くでしょう。
40年前に作られた福島第一原発。そこに史上最大の津波が押し寄せ、放射性物質が流出、周辺の土壌を汚染し、農作物被害も出てしまった大震災です。

しかし、見方を変えればあれほどの震災にもかかわらず、福島第一原発以外はほとんど危険にはなっていません。
現在やるべきことは、福島第一原発と同世代の原発が稼動している福岡などの設備再検査などではないでしょうか?
福島第一は石棺などの技術を借りて封印するしかないかも知れませんが、原発再建の計画も必要ではないでしょうか?
原発反対の世論に対しては、スマートグリッドのような提案をすべきであって、その研究と開発の目処を早くつけるように協力をお願いすることではないでしょうか?

そうは言っても、すぐに原発の再建は無理。3~5年は電力不足が続くことは覚悟しなければならないでしょう。
休眠中の火力発電所を再利用しても、失った原発ほどの発電量は出ないと思いますから。

され、発電量が戻らないとすると我々の生活はどうなるのでしょうか?
ここで注意すべきことは、発電設備の準備は電力需要のピークに合わせてなされているという事実です。東京の電力は暑い夏の空調の電力需要に合わせて準備がなされているはずです。
また、大規模工場などの建設に合わせて発電設備も建設されているはずですから、本来はかなり余裕のあるもの。

その理由は「電気は貯められない」という条件があるからでした。揚水発電は、夜間など電力が余るときに水力発電の水をポンプでもう一度上げておくという発想。即ち一度流して発電した水を電気ポンプで戻すという操作で電気を貯めようとしたわけです。
そこには電気インフラは止めることが出来ないという社会の要求があるからです。電気が止まれば信号機などが消えてきわめて危険な状態になりますし、病院などもいつ電気が必要になるか判らないので、無駄でも止めることは出来ません。

ですから、電力が余っている時間は大いに使った方がいいとも言えます。プロ野球のナイターを中止する必要があったのかどうか、大いに疑問に感じたりしています。余って捨てる電気なら、使った方が意味があるからです。
電気の節約というものは、ピーク電力を下げるということであって、むやみやたらな節電にはあまり意味がないことをもっと国民に説明すべきではないでしょうか?

さて、これらの問題はすべて、電気は貯められないということが前提でした。
ここに最近電気自動車が登場しました。航続距離が短く充電設備というインフラもまだ出来ていませんから、なかなか利用者は増えませんが、しかし、この電気自動車は一つの重要な改革を提示しています。
それは「電気を貯めている」という事実です。

発電設備が、ピーク電力に合わせて建設されていて、その根拠が「電気は貯められない」というこですから、電気自動車は明らかにこの条件を逸脱した革命を起しているのです。

もし、現在の自動車がすべて電気自動車だとしたら、電気需要が少なくなった時間に充電を行い、電気需要がピークとなる時間に放出すれば、発電設備がピーク時に足りなくなっても、社会の需要はまかなえるということになります。。(現在のEVはそういう設計にはなっていませんが)
電気自動車を使う時は、その数時間前に放電中止の処置をすれば蓄電されたままになるようにすればいいはず。

これを可能にするものがスマートグリッドの発想です。電気需要の少ない時間は電気代を安くし、電気需要のピークなどでは電気代を高くします。安いときに充電し、高いときに放電(販売)すれば、プロフィットが得られます。(ガレージにEVを放置しておけばお金が自然に稼げるということです。)
こうして電力ピーク時の需要を抑えることが可能になります。これが本物の節電ということであり、需要時と非需要時で電気代をダイナミックに変更することが、電気代値上げという意味のはずです。(一律値上げは無意味です)
そして電気自動車の、また別の意味での使い方です。
それなら自動車でなくても電池だけでいいだろうと思うかも知れませんが、あの重いリチュウムイオン電池です。どうせ台車に乗せて使うのであれば、モーターを付けて自走式・・即ち自動車にしておいた方が、何かと便利なはずです。

電気は他の燃料などとは違って、節約すればいいというものではありません。石油などの燃料とは違うこと、もっと国民に説明しないと不合理な節約が始まってしまいますよ・・・