2015年10月13日火曜日

一億総活躍社会とは・・・

安倍政権が内閣改造を行い、そのスローガンの一つが「一億総活躍社会」と言うことです。で、この一億総活躍社会って何だろう・・と思うのは私だけでしょうか?

おそらく、「老いも若きも皆活躍できる社会にしよう」という意味であるかと、おぼろげながら感じることは出来ますが、それでは今までは活躍していなかったのか、そういう疑問も出てきますね。

これから社会に出る若者には、早く自分に適した活躍の場を見つけて、大いに腕を磨いてほしいと言う意味であり、現在社会で活躍している方々は、社会に貢献できる喜びを味わい、社会からリタイヤした方でも未だ活躍の場を見つけて働いてもらう、そういう社会を皆で作ろうという意味にとれます。

今までもそうだったようですが、これは意識改革のことを言っているようですね。
良い学校に入って、良い就職を目指すことよりも、自分が活躍できる場を探し、給与の高低を見ながら仕事をするのではなく、社会に役立つ仕事をしていることに誇りを持ち、そして年金の金額ばかり気にしないで、指導的活躍が期待される場を持つこと・・などと考えると、ずいぶん調子のいいことを言っているなとも思います。

この「一億総活躍社会」を担当する一億総活躍担当大臣は加藤勝信議員です。内閣府特命担当大臣(少子化対策担当、男女共同参画担当)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当、国土強靱化担当と、何だかすごく一杯担当されるようですね。こんなに重複していて、「拉致問題」など解決できるのでしょうか。

大蔵省出身の加藤氏は、元は「室崎勝信」という名前で主計局主査(防衛予算担当)等を歴任、農林水産省への出向も経験して、この時農水大臣だった加藤六月大臣の娘に婿入りしたことで姓が加藤に変わったと言うことです。

故)加藤六月氏は、故)塩川正十郎氏、故)三塚博氏、森喜朗氏とともに安倍派四天王(安倍晋太郎の派閥)と呼ばれていましたから、その後を継いだ加藤勝信氏が安倍内閣に入ったわけです。

さて、いったい一億総活躍社会を生み出す戦略が、加藤担当大臣にあるのかどうか、大変気になるところです。また、一億総活躍社会がどんな社会なのかそのイメージもなかなか掴めません。
安倍降ろしを画策する勢力が早速、次の3点を突いてきました。

〇 「一億総活躍」の表現が「一億総玉砕」などを想起させる全体主義的な印象だ。
〇 「総活躍」「活躍」の中身が具体的でない。
〇 「一億総活躍担当相」の役割や仕事がわからない。

これに対して、東洋大学の准教授でメディア学・学術博士の藤本貴之氏が次のように論じております。

「一億総活躍」が全体主義的でネガティブな印象を受ける、あるいは「一億総白痴化」「一億総中流」といった、昭和を象徴するような「古いイメージ」を受ける、という批判。これは批判というよりは「言いがかり」に近い言い方です。
古い表現であることは事実ですが、むしろ、説明を要さないほど浸透した(馴染みのある)わかりやすい感覚を利用した、と考える方が自然ではないでしょうか。

二つ目については一見まともな批判のように見えます。確かに具体的な各論やアクションプランは明示されておらず、「これから決める」といった印象です。そういう観点からみれば、「漠然としたキャッチフレーズ」のみの政策であるようにも感じます。しかし、考えてみれば、「一億(全国民)みんなが活躍できる社会を目指す」という構想を進めるためには、「細かい具体策が事前に設定されていない」ということは当然であり、現段階が大枠だけであることの方が妥当であると思います。
「一億総活躍社会」に向けたニーズや要望は政治家や官僚が考える以上に多様で、有機的なのです。現在進行形で変化する社会のニーズが「官僚や政治家の事前の計画」で決められるはずがないでしょう。
もし、事前に具体的なプランが用意されていれば、それこそ誘導的であり、全体主義的だと言うことになるはずです。

そして三つ目については、拉致問題なども担う加藤勝信氏が、一億総活躍大臣に就任したものの、果たして十分な活躍ができるのか、という疑問への回答として、「一億総活躍社会」がその表現の古さとは裏腹に、これまでの日本にはなかった新しさと「もしかするとすごく重要な仕組み作り」につながる可能性を示唆しているように思います。
現実問題として、一億総活躍社会のリーダーとして広い範囲で有機的に動かねばならない大臣を全うできるような専門家などはいるはずがありません。
加藤担当大臣は、「一億総活躍国民会議」と称する組織のメンバリングや人選で、現在感覚・国民感覚に即した人材を選ぶことができるかどうか、それが加藤勝信一億総活躍相に求められる最大の重責でしょう。

・・という意見を書いておられます。
そして藤本教授は「まとめ」として、安倍新内閣が出した政権目標に対しての反論・・名目GDP600兆円にするための経済成長は過去を見ても不可能だとか、出生率1.8人が続いても2050年までに1億人は維持できないとか、介護離職ゼロのためのコストと財源はどうするのか、などという細かい政権批判を超えた、もう少し大きな視点と長期的な観点から取り組まれるべき「夢のある」案件だと思う・・と結ばれています。

安倍新内閣の名目GDP600兆円は、現在よりも100兆円の増加です。100兆の増加があればデフレ脱却は可能です。出生率1.8人は、現実的な数値でしょう。そして介護離職ゼロは、介護職が生活できるだけの収入を保証することと同時に、社会から尊敬される職業として定着することを目指すものです。

そしてこのような目標の達成のためにこそ「一億総活躍」の実現が必要になるということではないでしょうか。

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