2017年4月15日土曜日

皇嗣殿下とはどのよう称号なのか?

今上陛下のご譲位によって、現在の皇太子徳仁親王(なるひとしんのう)が天皇陛下となられます。そして今上陛下は上皇となられるわけですが、皇太子徳仁親王には男のお子様がおられないので、このままでは皇太子が不在になります。

現在、皇位継承順位第1位の徳仁親王が今上陛下になられると、皇位継承順位第1位は秋篠宮殿下になります。
しかし秋篠宮殿下は皇太子にはなれません。皇太子とは、あくまでも今上陛下のご長男と言うのが皇室典範の決まりのようです。

皇太子徳仁親王には敬宮愛子内親王(としのみや あいこないしんのう)というお嬢様がおられます。日本の皇室制度は男子継承ですから、お嬢様は皇太子殿下にはなれません。
ですから秋篠宮殿下のご長男である悠仁親王(ひさひとしんのう)が皇位継承順位第2位となられるわけです。

長い歴史を持つ我が国です。このような場合の称号があったのです。それが「皇嗣(こうし)」と言う訳です。
つまり秋篠宮親王は、ご譲位がなされた後は「秋篠宮皇嗣殿下(あきしののみやこうしでんか)」とお呼びすることで、皇位継承第一位であることがはっきりして、そして皇位継承第二位がご長男である悠仁親王であることもハッキリするわけです。

現在、女系天皇を標榜する人たちがおります。女性天皇と女系天皇の区別がつかない人達で、女性天皇が過去に居たのだから「敬宮愛子内親王」が天皇陛下になってもいいとする人たちです。
しかし敬宮愛子内親王は女性天皇にはなれません。女系天皇になってしまうからです。
なぜ女系天皇ではダメなのか・・聞くところによれば、Y遺伝子が継承されないと言う事だそうですが・・

今上陛下は神武天皇から数えて125代目の天皇になります。神武天皇が即位されたのは今から2677年前で、日本は縄文時代から弥生時代に変わる頃でしょう。
神武天皇は周囲の豪族と戦い、次第に勢力を拡大して行きますから、縄文の豪族を平定し、弥生式の天皇の配下に変えていったのだと思うのです。
縄文とは土器の作りかたです。実用的な作りが縄文式土器で、儀式的な作りが弥生式土器ということだろうと思います。

天皇は儀式を執り行うことがその使命です。
神武天皇が強力な軍事組織を持って周囲の豪族を支配下に置いたようには思えません。なんども負けているようですからね。勝利をもたらした原因は「米」にあったのではないでしょうか。それも陸稲ではなく水稲です。

水稲は作り方が難しいですね。小さい苗を育て、それから田んぼに植えて、水を張り、水を抜き、刈入れ、そしてまた次の準備をするわけです。その作業のタイミングと、一斉に多くの人々が同じ仕事をやらないと水稲は出来ません。

カレンダーもなく、農作業道具も貧弱だった時代、多くの人々にきつい仕事を一斉にさせるには「権威づけ」が必要だったでしょう。
その権威をもたらしたのが「儀式」であり、弥生式土器だったのではないでしょうか。
辛くても、その結果の「水稲」はうまかった。ですからやがて皆従ったのだろうと推察します。

儀式は、「こよみ」を重視し、水稲栽培のタイミングを割り出すものでもあったでしょう。太陽の動きや星・月の動きを計算しながら、タイミングを計り、そして天皇の勅令ということで一斉に決められた作業をしたのではないでしょうか。
そしてもし天皇がタイミングを間違えば、収穫は減り大勢の民が苦しみます。その責任はすべて天皇陛下が負う訳です。それも儀式的に負う訳です。この責任を取ることが「男系でなければダメ」という根拠かも知れませんね。

「仁徳天皇」の「民のかまど」の話も、この責任論を考えれば当然「民の貧困は天皇の責任にある」わけです。ですから民のかまどが賑わった時は「ほっ」とされたでしょうね。
「私は豊かになった」と喜ぶ陛下に、皇后陛下が「変なことを仰言いますね。宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだ、といえるのですか」などと聞いたと言います。女性の性のように感じませんか?
だから男系でないとダメ・・と思うのですよ。

ともかく女系天皇を標榜する人達は天皇制崩壊を企んでいるように思えて仕方ありません。なぜなら旧宮家の復活のことを全く口に出さないからです。

水間政憲氏の本「戦前の昭和天皇と皇室の真実」によりますと、昭和22年に皇籍離脱された11の宮家には、現在16人の男子がおられると言うことです。

男子継承は、皇籍のあるなしに関わらず皇位継承の最優先事項である・・とすれば良いだけです。女系天皇を論ずる前に、こちらの方が優先されるべきですね。
昭和の陛下は、離脱させられる11宮家に対して、「男の子を育てるように。やがて復帰する時が来るから」と仰せになり、悔しそうに「煙をハサミで切れるものか!」とつぶやかれたと言うことです。

「男子継承でなければだめだ」と述べられていた「故)とも仁親王」もおられました。その意思を継ぐ「天馬会(てんみかい)」という一般社団法人も出来ました。
http://tenmikai.jp/

どうか「男子継承」が維持され、日本の歴史が今後も永遠に続きますように祈念いたします。

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