2012年4月25日水曜日

フランスの大統領選挙。サルコジ氏かオランド氏か・・


フランスの大統領選挙が今、フランスで行われています。
第一回目の投票で、サルコジ氏とオランド氏が接戦となり、過半数を取れなかったために決戦投票ということで、決戦投票は5月6日に行われます。
一回目では、サルコジ氏27%、オランド氏28.2%と、若干オランド氏が優位だったとか。

しかし、国民戦線のルペン党首が18.6%の票を集めており、共産党が支持する左派戦線のメランション氏は10.9%、中道のバイル議長が9.2%ということですから、まだ決着はついておりません。

一回戦でトップだったフランソワ・オランド氏は、パリ政治学院出身で社会党に入党。ミッテラン大統領政権時代には参事官として活躍していた政治家です。
1981年の大統領選挙で出馬しましたが、ジャック・シラク氏に大差をつけられて敗退。この時はミッテラン大統領がシラクに勝利したため、その後大統領官邸で経済問題を担当し、経歴を積んでジャック・シラク氏の選挙区であるコレーズ県ユセルに乗り込み市町村参事会員になっています。

1994年に社会党全国書記、経済問題担当に就任、さらに1999年には欧州議会議員となり、、社会主義インターナショナルの副議長にも選出されていますから、根っからの社会主義者なのでしょうね。

1995年から2007年までは、フランス右派・国民運動連合のジャック・シラク氏が大統領であり、その後同じ国民運動連合の党首であったニコラ・サルコジ氏が大統領になり、社会党は政権の座から離れております。
2012年の大統領選挙を目指して、2010年に行われた予備選の決選投票で、オランド氏は大統領選の公認候補に選出されました。

さて、現職のサルコジ大統領は、ハンガリーからの移民の父と、ギリシャ系ユダヤ人の母を持ち、自信はカトリック教徒と言う大統領。
新保守主義という立場にある、本職は弁護士という政治家です。

サルコジ氏が政治家として認められたのは、シラク政権時代に内務相を勤めていた時(2003年)、治安回復を目指し、軽犯罪の厳罰化と街娼の取り締まりなどを目的としたサルコジ法を施行したことでしょう。
この法による強硬な治安政策で、国内の犯罪発生件数は激減しました。
純粋なフランス人の法案だったら犯罪は激化していたかも知れません。しかし、移民の息子であり、ユダヤ系の母親を持つサルコジ氏だからこそ、この法案が効いたのかも知れませんね。
これによって、サルコジ氏は財務相になりますが、国民運動連合 (UMP) の党首選挙に勝利し、シラク政権での財務相を降りてしまいます。

オランド氏の純粋社会主義に対して、サルコジ氏は新保守主義ということです。サルコジ新保守主義は、「もっと働き、もっと稼ごう」と言うもの。英米型の自由主義に近いものです
日本が大嫌いなサルコジ氏ですが、どこかの国と違って陰謀は使いません。日本の国連常任理事国入りには賛成票を投じております。

移民の暴動が心配なフランス。そこにユーロ崩壊の危機が迫ります。強硬な治安政策で暴動を抑えたサルコジ氏が勝つか、あるいはまだ未知数の社会主義者オランド氏が勝つか、票は真っ二つに割れています。
中道のバイル議長の票が、決選投票でどちらに流れるかで決着がつくようですが、さて・・・

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