2012年4月7日土曜日

中共が「東京裁判研究センター」を設置、日本をけん制


名古屋の河村たかし市長が、「南京虐殺は無かったのではないか」という意見を中共訪日団との集会で話し、それを否定しなかった日本に対して中共は危機感をつのらせているようです。

日本が中国大陸でやりたい放題の悪行をやっていて、そこに敢然と立ち上がった中国共産党(中共)が、正義の戦いで勝ち取った「中華人民共和国(中共)」という捏造歴史が、日本によって覆されることを恐れるからではないでしょうか?

日本軍が中国大陸に渡ったのは、義和団の事件の収拾からです。義和団事件の巧みな解決に感心した欧米列強が、日本人の北京駐留を認めてから始まったもの。(義和団征伐に日本軍を大陸に派兵したのは、英国の要請があったからでした)
そして日清戦争、日露戦争を経て満州建国。大陸を近代化しようとする日本ですが、国際社会の白い眼が、何かと日本に対して不平等な意見を出してきます。

その後、新しく出来た共産主義国家ソビエト連邦で共産主義を学ぶ毛沢東一派のテロ活動によって、大陸の日本人が被害に合うことが頻発します。
日本政府は、何度もこのようなテロを止めさせようと中国政府と交渉します。しかし馬賊だか政府だか判らない相手のことです。約束しても何もなりませんでした。

1937年、盧溝橋で起きた日本軍と中国国民革命軍第二十九軍との衝突事件は、中国・国民党との間の戦争の引き金となり、それに続いて通州というところで発生した日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民に対する虐殺事件。その残虐性を日本国民は到底容認することが出来ず、国民世論に押されるように、ついに日本軍の本格派遣になっていくのです。(侵略の意図などまったくなかったでしょう)

群雄割拠する中国大陸で、かろうじて国家としての機能をもつ中華民国。その総裁である蒋介石とは戦いたくなかった日本軍。交渉を重ねても埒があきません。
馬賊とか匪賊との戦いと、この蒋介石正規軍との戦いが続きます。日本で軍事の勉強をした蒋介石ですから、日本軍の強さは熟知しています。

この中華民国が首都としていたのが「南京」でした。従って、中華民国との戦争であれば、日本軍が首都・南京を目指して進軍するのは当然のこと。蒋介石は南京の死守を宣言します。
しかし現実には、蒋介石はさっさと重慶に移動して、巻き返しを計っていました。すなわち南京の死守を宣言しておきながら、本人は逃げてしまったわけです。

このようなことは日本人には恥辱であり、正当性など判りません。首都が陥落すれば戦争はおしまいと思っています。南京陥落で日中戦争は終わったはずなのですが・・・
首都を重慶に移した蒋介石は、再び日本軍との戦いを始めます。今度は共産軍と一緒になって。(国共合作)

トップが逃げてしまった南京。次々と要人の逃避が始まります。日本軍が南京に迫ったころは内部はパニック状態。ここで多くの殺戮があったようです。逃げるのに邪魔なやつを殺すような・・・
また、混乱に巻き込まれて死亡した南京市民も居たようですね。
ここらへんのことは、東日本大震災の時、成田空港での中国人の殺到を見ても想像がつきます。

そして逃げ遅れた兵隊は便衣兵となって、進駐した日本軍にテロを仕掛け、討伐に合って銃殺に処せられました。国際法から見て当然のことです。
どこにも南京大虐殺などという根拠はありません。

蒋介石が逃げた重慶。その「重慶司令部」跡が取り壊されているそうです。そこを建替えて「抗戦歴史陳列館」とするのだそうですが、また捏造歴史を塗り替えるのでしょうか・・・

南京大虐殺の虚構がばれると、中国共産党の存続も危うくなるわけです。日本軍を追い出した「名誉ある共産党」というフレーズが嘘になるわけですからね。もともと嘘なのですけど。

日本では「南京大虐殺はなかった」ことは常識になりつつあります。「俺は見たんだ」という発言も、詳細に聞くと伝聞だったりしています。東京裁判で証拠となった写真は、すべて贋造とか別の場所であることが証明されています。

胸を張って「否定」し、日本側も「東京裁判の虚妄研究」というテーマを掲げて、正論で戦いましょう。
未来のために・・・・

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