2019年7月17日水曜日

ダライ・ラマの後継者

中共・習政権は、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の後継者選びに、「(後継者は)中央政府に承認されなければならない」と通告したそうです。
これは中共のチベット自治区の宣伝当局幹部・王能生氏によって伝えられたとか。

チベット仏教では、後継者はダライ・ラマ死去後に生まれ変わりを探す「輪廻(りんね)転生」制度で選ばれることになっていて、これが宗教としての決まりなのです。
しかし宗教が判らない中国語族は、「それは迷信である」ことを盲目的に信じています。ですから「中央政府に承認された後継者」を指定することに躍起となっているようです。

これはチベット仏教で選ばれたダライ・ラマ15世が、中国共産党に歯向かうことを恐れているからではないでしょうか。
そして共産党が指定したダライ・ラマなら共産党の言うことを聞かせることが出来ると信じ込んでいるようです。
つまり、宗教上の最高指導者の上に中国共産党があるという構造の実現です。

中国共産党は「科学的でない」という言い方で、宗教を排除します。しかし科学が何であるかを知っているのでしょうか?
科学はもともと「分析科学」です。デカルトと言う哲学者が書いた「方法序説」から始まったものですが、彼は宗教を排斥はしていません。合理的追及とは別物だからではないでしょうか。

西洋哲学は「存在」の追求から始まりますから、「方法序説」は哲学界にはショッキングな論文だったのでしょう。デカルトは「われ思う、故に我あり」という存在の分析的表現を残しています。

西洋を席捲したキリスト教は、「神の言葉」の追求をしていきます。だから彼らは言葉に執着します。そして言語理論とか数理言語学(神の言葉は数学かもしれないという考え方)、そして記号言語学となっていって、アルゴリズム表記のための英語と記号が混ざった疑似言語が開発され、そしてその後コンピューターに繋がっていきます。

仏教では、大乗仏教の見解の一つとして「唯識」という概念があります。人間には五種の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)以外に2種の無意識がある・・という考えです。(もう一つ、無意識の前に、勘・インスピレーションなど、理屈で説明はつかないが、鋭く物事の本質をつかむ心の働きを表す「第六感」があります。)

無意識の一つは「末那識(まなしき)」であり、これは自分に執着し続ける潜在意識であり、さらにその内面にもう一つの無意識である「阿頼耶識(あらやしき)」があって、これがその上にあるすべての意識を生み出しているとするものです。

西洋哲学としてのフロイトの精神分析論と、酷似した仏教の「唯識」論があるわけです。
西洋と東洋は、このようにして人間の追求、その真実の追求をしてきました。しかし、西と東に挟まれた真ん中、つまり中国にはまったくこのような発想は出てこなかったようですね。

中国には「儒教」という孔子が作った教えがありますが、これは社会の中で生き抜く処世術であり、宗教とは呼べないと思います。
孔子廟を建てて式典などが行われるそうですが、それは単に孔子を慕って供養するだけでしょう。宗教として扱う場合もありますが、神のようなものは無いようです。

この宗教感覚の無いことが、中国で共産党が力を持つに至った背景があり、ソビエト連邦のように崩壊しない理由があるのかも知れません。
ウイグルで、豚肉を食べないイスラム教信者を捕らえて収容所に送り、臓器売買の材料にするようなことが平気で出来るのは、このような無宗教という背景によるものと思います。

また、「神の言葉の追求」のような「真実への憧憬」も持っていませんから、「息をするように嘘をつく」ことが平然と出来るのでしょう。

ですから、すべての宗教の神の上に「中国共産党」があることを認めるならば、その宗教を認めよう・・などと当然のように言えるのですね。
その上には何もない・・のが神(唯一神)の定義ですけどね。

バチカンのローマ法王が北京を訪れ習主席と会談した時、「中共内の司祭は共産党が決める」と告げたことから、福音主義キリスト教徒であるペンス副大統領が怒ったのは記憶に新しいところです。
ローマ法王はあいまいにしたまま帰ったわけですが、このようなことが平気で言えるところが中国人だからですね。

習主席が英国を訪れエリザベス女王と会談した後しばらくして、エリザベス女王が園遊会でその時警護に当たった警視総監に「習近平一行はとても失礼だったわね」と話したことがマイクに拾われ英国民に伝わったことから、英国は次第に中共離れをおこしています。
ここから香港の現在のデモまで、その背後には英国の国家意思がありそうですね。

ダライ・ラマ15世選出に対し、中共政府の介入がなされることは、ある意味で中共の弱さが露呈したとも言えます。
ここまで宗教を恐れるのは弱さであり、その弱さが「残虐さ」を生んでいるのでしょう。息をつくように嘘を言うのも、「嘘でも相手を納得させなければ殺される」という数千年に渡る歴史的価値観が、中国語に浸み込んでいるからだと思います。

中国人が、宗教を持たなくてもかまいません。息をつくように嘘をついても構いません。薄っぺらい科学を信仰してもかまいません。許すことの出来ないのは、この価値観で世界を牛耳ろうとしていることなのです。
トランプ大統領が、「アメリカに付くか、中共に付くか」という踏み絵を世界に投げかけているのは、「この価値観は世界が受け入れることは出来ないだろう」という意味で言っているのでしょう。

そこには、「中共とは戦火を交えても許すことは出来ない」という思いも見えてきますけど・・・

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