2011年9月22日木曜日

日銀総裁とFRB議長との確執

産経の記事に、白川日銀総裁とバーナンキFRB議長の間に確執があると言うことが掲載されていました。
もちろんそれは金融対策に関する考え方のこと。

バーナンキ議長は「世の中、おカネが回れば景気がよくなる。銀行がカネを貸さなくなると、モノの値段が下がり続けるデフレ不況になる。ならば、中央銀行が思い切ってカネを刷り、金融機関に流し込めばよい」という考え方。

一方の白川総裁は「お札を刷っても景気や物価の刺激効果は乏しいとみる。効き目があるのは、不良債権問題などで金融不安が生じているときだけ」とする考え方。(それじゃデフレ克服にはどうしたらいいのか、その考えまでは及ばないようですけど。このままだと白川総裁、「円札を守って国滅ぶ」となるかも知れませんね)

どちらに軍配があがるのか、それは未来の歴史には書かれるでしょうが今は判りません。
バーナンキ議長の考え方は、1930年代の大恐慌の原因を考察した結果得られた理論で、故・ミルトン・フリードマン氏がまとめたもの。
この考え方を提唱したのはフリードマン氏がシカゴ大学の教授だったころで、いわゆるシカゴ学派と言われているもの。
バーナンキ議長は、2002年にFRB議長になった時、フリードマン氏の90歳の誕生パーティーで「FRBは二度と同じあやまちは繰り返しません」と誓ったとか。そしてこの時「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけばよい」とまで話しているようです。

白川総裁は、東大経済学部卒業後に日銀に入行。それからフリードマン氏を始祖とするシカゴ学派の本拠、シカゴ大学大学院に留学しております。
だったらシカゴ学派の理論を踏襲するかと言えばさにあらず。担当教授から大学に残るよう懇請されたほどの秀才でしたが、シカゴ学派の過激な金融政策についていけなかったのか、それを断って日銀に戻ります。即ちここでシカゴ学派とは決別したわけで、それが日銀総裁になった現在、上記のような考え方に集約されたようです。
しかし、まだ世界が認めた金融の理論にはなっていません。理論とは結果が出てから振り返って体系づけるもののようですから。
この秀才の自信はかなりのもので「趣味は金融政策だ」と言われるほど日銀独自の理論に固執する性格。「日銀流理論は世界的には非常識だ」とののしられても、「最新の理論を教えてあげましょうか」などと言い返すそうです。
バーナンキFRB議長も、この白川総裁には「違和感を覚える」とぼやいているとか。

バーナンキ氏にとって、日本の長期にわたる低迷と激しいデフレは絶好の研究資料。2001年3月に量的緩和を導入した日銀の金融政策を中途半端だったと非難、物価がデフレ前の水準に戻るまでお札を刷り続けるべきだと指摘します。
これに対して白川総裁は「長期国債保有額を日銀券発行額の限度内に収めるという内規「日銀券ルール」を徹底した」と述べたとか。
それにしても、その徹底ゆえに日本国民がどれほど苦しんでいるか・・など、秀才にはどうでもいいのでしょうか?

リーマンショック以降、バーナンキ議長にとっては理論を実践するまたとない機会が訪れます。デフレ回避として「ドル札」の大量発行に踏み切り、その結果が想像を絶する円高となったわけです。
仕方なく白川総裁も日銀券を発行しますが、このような考え方ですから消極的で、デフレはいっこうに収まりません。
バーナンキ・アメリカは理論どうりになってデフレは回避できました。しかし失業率などは悪化することがあっても改善はいまだされていません。

ドル札につられて中共の人民元も大量発行し、現在はインフレが収まらなくなってしまいました。

白川総裁とバーナンキ議長の確執。犠牲になっているのは日本国民でありアメリカ国民のようですね。
どちらも行き詰ってしまった金融政策。
はやく解決の糸口を見つけないと「国民の犠牲」も限界となり、やがていつか来た道・・・戦争への序曲が聞こえてきていますよ・・・・

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