2016年1月18日月曜日

相次ぐ不祥事、NHKの崩壊か

日本放送協会(NHK)とは、言ってみれば趣味の団体のようなものから始まった協会です。
イタリア人のグリエルモ・マルコーニが、1888年にハインリヒ・ヘルツの発見した電磁波を応用した無線通信の技術を発明してから、アメリカ人リー・ド・フォレストが発明した2極と3極真空管(1907年)とともにラジオが完成し、それが日本に入ってきて、無線技術が日本でも研究されるようになりました。

やがて欧米でラジオが普及し始め、国際的にも電波の混信を防ぐため周波数の割り当てが必要となります。
日本は1923年に「社団法人・日本放送協会」を立ち上げ、ラジオ放送を始めますが、日本ではまだラジオという高価な受信機を持つ人も少なく、電波を趣味とする研究者たちが自作のラジオを使って受信して遊んでいました。
やがて商品としてのラジオが販売され、1924年、愛宕山に社団法人・東京放送局が設立され、初代総裁に後藤新平氏が就任します。

名古屋や大阪にも放送局が設立され、ラジオ放送は国民のあいだに普及していきますが、大日本帝国政府は、放送を電話のように公益性の高い事業と見て、ラジオ放送を速やかに普及させるため民間による放送局設立を排除し、受信設備を持った人は逓信局から「聴取無線電話私設許可書」を得ることとなり、そして聴取料が設定されたのです。当時は月額1円ですから、結構高かったですね。

このようにして運営されたNHKから、最後に流れた放送は1945年の大東亜戦争敗戦を告げる陛下の「終戦の詔勅(玉音放送)」でした。
やがて連合軍に占領された日本は、GHQにより放送制度の民主化が行われ、1950年に放送法などの電波三法が制定されました。
ここで改めて日本放送協会は社団法人から特殊法人に変わり、日本国政府・企業等の圧力に屈さない様、いかなる組織にも依存しない放送局を作るという方針を立て、その結果、放送の受益者より、その負担金を徴収する「受信料制度」が誕生したのです。
そして同時に民間放送が認可され、主権を回復した日本なのに、この電波割当権を使って東京裁判史観を日本国民の間に浸透させていきます。

GHQのバックアップを受けて、NHKは政治的には押さえつけられますが技術的には解放されます。テレビ放送が始まり、受信料という潤沢な資金を背景にして、その技術的研究はNHK技術研究所が中心となって急激に伸びて行きます。
モノクロのテレビはカラーとなり、カラーテレビはやかてハイビジョンとなり、日本の経済発展とともにこれら通信・放送技術は格段に進歩します。
放送の受信は日本全国どこでも可能となり、1924年から始まった「放送を普及させる目的」は達成されて行ったのです。

20世紀の終わりに、冷戦に勝ったアメリカがインターネットを全世界に解放し、また携帯電話が普及し始めると、この放送事業の環境が激変します。
これまでは一方向だった放送が双方向になり、誰でもスタジオを作れば放送局を運営することが可能になっていきます。
電波需要が増え、テレビ電波は高周波(デジタル符号通信波)に移行させられ、それまでの周波数帯は公共性の高い通信利用に切り替えられます。

この急激な技術的変化は、国民に戸惑いと混乱を与えていますが、同時に未来が変わっていく実感も与えております。
莫大な受信料の上に「公共性」を楯に取ったNHKの運営モデルが崩壊していることに、NHKの職員が自暴自棄になっていってもおかしくはありません。

過去は明白ですが、未来は多様性の雲の中にあります。それまでの延長上に未来が見えなくなったとき、大衆が陥るアノミー現象(無規則になる現象)が、NHK内部に起きていることが想起されます。

NHKアイテックの2億円不正受領事件、「クローズアップ現代」でのやらせ問題、NHKアイテックの約500万円の架空発注、NHKアナウンサーの危険ドラッグ所持(使用)事件、NHKさいたま放送局のタクシーチケットの私的利用事件、NHK大阪放送局のタクシーチケットの私的利用事件・・・

これらの犯罪に対し、浜田健一郎経営委員長は「痛恨の極みだ。グループ全体で、受信料で支えられているNHKへの自覚が欠如している」とか「NHKは謙虚にならないといけない」などと綱紀粛正を求め、立教大の服部孝章名誉教授は「不祥事の背景にはカネの扱いに甘いNHKグループの体質があるのではないか。籾井会長は早急に原因や対応策をまとめ、説明責任を果たすべきだ」などと述べていますが、そんなことでは収まらないように思います。

NHKの設立当初の目的が達成され、そして放送ビジネスがさらに拡散されようとしている時代なのです。NHKの使命は終わったことをはっきりと認識させ、次の時代の在り方が示されない限りNHKの不祥事は続くでしょう。

NHKを解体してしまうのも一つの方法ですが、国営放送部を税金で運用させ、その批判や評価などの放送を別部門に作りバランスを取るなど、公共性よりも中立性を保つ手法を工夫したらどうでしょうか。
またドラマなどは各作品ごとの販売形式で行うなど、新しいビジネスを構築しながらNHKブランドを残してニューメディアに適合する作品作りなどを工夫する必要もあると思います。
膨大な量の過去の作品も、十分に商品価値はあると思います。(権利は誰にあるのかは問題ですが)

NHKの不祥事は、使命を終えた組織をそのまま残そうとする無理から発生しているのだということ・・それを認識すべきだと思うのです。

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