日本から遠い中東ですが、アメリカがうまくやれずに手を焼いている地域でもあります。ここに安倍首相が歴訪し、難民救済などの資金援助を活性化させていました。
これに呼応するかのように、ISILによる日本人人質殺害予告がなされました。つまり、安倍首相の資金援助はイスラム国にとってかなりの痛手になったということです。
殺害予告の対象となった方々は、湯川遥菜(はるな)さん(42歳)と後藤健二さん(47歳)の2名です。この方々はシリアに関心を持ち、活動を続けていたところ、その最中に拘束されたそうです。
危険地域であることを承知の上で、現地に赴いたわけですから、その危険が現実のものとなっても、じたばたしないで、覚悟を決めてほしいですね。
安倍首相はエルサレムでこの件について、「人命を盾にとって脅迫することは許し難いテロ行為であり、強い憤りを覚える」と述べ、「2人の日本人に危害を加えないよう、そして直ちに解放するよう、強く要求する」、「急遽、本日の日程を変更し、本件の対応に全力を尽くす」と述べました。
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg11129.html (映像が始まるまで少し時間がかかります)
この演説の中で安倍首相は、「そもそも過激主義と、イスラム社会とは、全く別のものであります。このことは明確に申し上げておかなければなりません。『中庸こそ最善』であり、この中東の言葉の通り、この地域は古来、多様な宗教や人種が共存しながら、悠久の歴史を刻んできました。互いを受け入れ尊重する、寛容こそがこの地域の平和と安定、そして、さらなる繁栄をもたらすと信じます」と述べております。
中庸とは、儒教の「四書」の中に出て来る言葉です。これが中東イスラム社会にもあったとは知りませんでした。もっとも、古代ギリシャ・アリストテレスの「メソテース」という言葉がこの中庸に相当するとも言われているようで、儒教のオリジナルでもないようですが。(エジプトでの演説から安倍首相は「中庸」と言う言葉を使っております)
欧米の価値感のなかにはこのような意味を持つ言葉はないのでしょうか? 世の中を「善と悪」の単純な2元論でとらえ、妥協のない正義の戦いを繰り広げる彼らには、判らないのかも知れませんね。
だからイスラム過激派を生み出したとも言えるでしょう。だとすれば、安倍外交がアジア・イスラムの共通の価値観である「中庸」を基礎において、荒ぶるイスラムを鎮静化することは可能かも知れません。
安倍首相は、「2006年、日本は平和と繁栄の回廊という構想を提唱いたしました。パレスチナに農産品の加工団地を作り、イスラエルとパレスチナ、ヨルダン、そして日本が協力して、パレスチナが自立するための基盤を作ろうという構想であります。」とも述べております。
日本は明治以降、民族自立を標榜してきました。各民族とも、近代化の達成には外国資本による乱開発(ようするに植民地的な資本の活動)ではなく、「その民族の身丈にあった生産活動から始めよ」という資本と労働のマッチングを目指してきたのです。
これが欧米の差別・偏見を刺激して、ついに第二次世界大戦にまで発展したことはご承知の通りです。
国家と日本国民を総動員して戦った戦争でしたが、日本は負けました。もしかしたらナチスと組んだことが災いしたのかも知れませんね。
それからのアメリカの世界戦略が、石油を基本とした経済戦略だったことが中東の悲劇を生んでしまったようです。
中東の近代化を押さえつけ、石油をドルで買って世界に販売し、莫大な利益を上げながら国際戦略をとってきたのです。(石油・ドル経済戦略)
大量のドル資本が中東に流れ込みますが、トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」に書かれている「資本収益率が国家の経済成長率を超えると、貧富差が広がる」という通りになってしまったのです。
それでもウォール街はまだ、高い資本収益率を求めて巨大な資本を動かし続けています。
今、安倍首相が演説した「パレスチナに農産品の加工団地を作り、パレスチナが自立するための基盤を作る」という発想には、欧米との意識差が大きくあると思います。
ウォール街に集まった資本(世界中の保険金や年金(日本の年金も含む)が集まっています)が、安倍首相の打ち出した、このような「瑞穂の国の資本主義」を受け入れることが出来るかどうか、そこが問題なのです。
言い換えれば、これは第二次世界大戦に負けた日本が、世界に向かって巻き返しを計っている構図でもあります。そしてこれこそが、行き詰った欧米資本主義を打開できる唯一の方策とも思えるのですよ。
バングラデシュのグラミン銀行は、その考え方の片鱗を見せ成功させました。今度は日本がそれを拡張して見せるべきです。
行き詰った欧米資本主義(中共も含む)を放置すれば、再び世界を巻き込む戦争へと向かうかもしれません。
ぜひ安倍政権には頑張ってもらいたいですね。
殺害予告の対象となった方々は、湯川遥菜(はるな)さん(42歳)と後藤健二さん(47歳)の2名です。この方々はシリアに関心を持ち、活動を続けていたところ、その最中に拘束されたそうです。
危険地域であることを承知の上で、現地に赴いたわけですから、その危険が現実のものとなっても、じたばたしないで、覚悟を決めてほしいですね。
安倍首相はエルサレムでこの件について、「人命を盾にとって脅迫することは許し難いテロ行為であり、強い憤りを覚える」と述べ、「2人の日本人に危害を加えないよう、そして直ちに解放するよう、強く要求する」、「急遽、本日の日程を変更し、本件の対応に全力を尽くす」と述べました。
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg11129.html (映像が始まるまで少し時間がかかります)
この演説の中で安倍首相は、「そもそも過激主義と、イスラム社会とは、全く別のものであります。このことは明確に申し上げておかなければなりません。『中庸こそ最善』であり、この中東の言葉の通り、この地域は古来、多様な宗教や人種が共存しながら、悠久の歴史を刻んできました。互いを受け入れ尊重する、寛容こそがこの地域の平和と安定、そして、さらなる繁栄をもたらすと信じます」と述べております。
中庸とは、儒教の「四書」の中に出て来る言葉です。これが中東イスラム社会にもあったとは知りませんでした。もっとも、古代ギリシャ・アリストテレスの「メソテース」という言葉がこの中庸に相当するとも言われているようで、儒教のオリジナルでもないようですが。(エジプトでの演説から安倍首相は「中庸」と言う言葉を使っております)
欧米の価値感のなかにはこのような意味を持つ言葉はないのでしょうか? 世の中を「善と悪」の単純な2元論でとらえ、妥協のない正義の戦いを繰り広げる彼らには、判らないのかも知れませんね。
だからイスラム過激派を生み出したとも言えるでしょう。だとすれば、安倍外交がアジア・イスラムの共通の価値観である「中庸」を基礎において、荒ぶるイスラムを鎮静化することは可能かも知れません。
安倍首相は、「2006年、日本は平和と繁栄の回廊という構想を提唱いたしました。パレスチナに農産品の加工団地を作り、イスラエルとパレスチナ、ヨルダン、そして日本が協力して、パレスチナが自立するための基盤を作ろうという構想であります。」とも述べております。
日本は明治以降、民族自立を標榜してきました。各民族とも、近代化の達成には外国資本による乱開発(ようするに植民地的な資本の活動)ではなく、「その民族の身丈にあった生産活動から始めよ」という資本と労働のマッチングを目指してきたのです。
これが欧米の差別・偏見を刺激して、ついに第二次世界大戦にまで発展したことはご承知の通りです。
国家と日本国民を総動員して戦った戦争でしたが、日本は負けました。もしかしたらナチスと組んだことが災いしたのかも知れませんね。
それからのアメリカの世界戦略が、石油を基本とした経済戦略だったことが中東の悲劇を生んでしまったようです。
中東の近代化を押さえつけ、石油をドルで買って世界に販売し、莫大な利益を上げながら国際戦略をとってきたのです。(石油・ドル経済戦略)
大量のドル資本が中東に流れ込みますが、トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」に書かれている「資本収益率が国家の経済成長率を超えると、貧富差が広がる」という通りになってしまったのです。
それでもウォール街はまだ、高い資本収益率を求めて巨大な資本を動かし続けています。
今、安倍首相が演説した「パレスチナに農産品の加工団地を作り、パレスチナが自立するための基盤を作る」という発想には、欧米との意識差が大きくあると思います。
ウォール街に集まった資本(世界中の保険金や年金(日本の年金も含む)が集まっています)が、安倍首相の打ち出した、このような「瑞穂の国の資本主義」を受け入れることが出来るかどうか、そこが問題なのです。
言い換えれば、これは第二次世界大戦に負けた日本が、世界に向かって巻き返しを計っている構図でもあります。そしてこれこそが、行き詰った欧米資本主義を打開できる唯一の方策とも思えるのですよ。
バングラデシュのグラミン銀行は、その考え方の片鱗を見せ成功させました。今度は日本がそれを拡張して見せるべきです。
行き詰った欧米資本主義(中共も含む)を放置すれば、再び世界を巻き込む戦争へと向かうかもしれません。
ぜひ安倍政権には頑張ってもらいたいですね。
0 件のコメント:
コメントを投稿