まだシリアにてアサド政権側が化学兵器を使ったのかどうかは判っていません。しかしオバマ大統領は「ダマスカスで起こっていることに目をつむってはいられない」として軍事介入を決断したことをアメリカ国民に告げました。
そして「地上部隊は派遣しない。(攻撃は)限定的なものになる」などとして、9月9日に再開される議会の承認を求めると述べました。
一方、英国に拠点を持つ「シリア人権監視団」というのがあって、そのグループがシリアに入り化学兵器がどう使われたのかなど調査をしています。そのグループの代表であるアブドルラフマン氏は、「化学兵器による被害で死亡が確認された市民らの数は、502人にとどまる」と発表しました。
オバマ政権が把握している死者数は1429人であって、半分以上の開きがあります。オバマ大統領は、アブドルラフマン代表は死者数の根拠を示すべきだ」と述べて、その調査結果を疑っています。
これに対しアブドルラフマン代表は、「病院関係者や被害地域の反体制派関係者からの聞き取りに基づき、一人一人の名前を確認しながら慎重に死者数を数えた」と答えました。
そして肝心の「化学兵器を使ったのはアサド政権なのかどうか」はいまだに闇の中にあります。
さて、アサド大統領が、サダムフセインなどと同じ独裁者のようなイメージが出来上がっていますが、実際にはそんなことはないようです。
彼はもともと医者でした。父がハーフェズ・アル=アサドで、2000年までシリアの大統領を務めていたわけで、その後継者として、軍医から大統領になったという2世となります。
優秀で模範的な学生で、ダマスカス大学医学部(眼科)を卒業後一旦軍医となり、その後英国に留学、ロンドンのウェスタン眼科病院で研修していたのが1992年頃でした。
政治への関心は余りなくて、医者としての人生を考えていたようです。英国で知り合ったアスマー・アル=アフラスさん(英国生まれ)と結婚したのは、彼が大統領になった翌年の2001年でした。
このアフラスさんは、JPモルガンの投資銀行部門でM&Aを手がける美人のキャリアウーマンだったそうです。
父ハーフェズ氏の後継者として、兄のハーフィズ・アル=アサド氏が居りましたが交通事故で死亡。急遽留学を中断してシリアに戻り、「バースィル兄さんが志した道を歩む」と父に告げ、医務局付き大尉の肩書でシリア陸軍の軍務に付き、ホムス士官学校を卒業して政治家への道を歩み始めます。
父であり、独裁政権の大統領だったハーフィズ・アル=アサド氏が2000年6月10日に亡くなり、その7月10日に信任を問う国民投票を実施し、7月17日に後継大統領に就任したわけです。ですから独裁者が国民投票によって生まれたわけですね。
しかし政治的経験があまりない大統領です。もっぱらハーフェズ時代以来の首脳が政務を行っているのが政権の実態ということのようです。
シリアの大統領は、憲法によって絶大な権力を持っているそうです。しかし温厚な性格であるアサド大統領になってから、その権力はあまり使われてはおりません。
2007年5月に、再び国民投票で再任されたわけですが、イラク戦争以降、イラクからの難民とイラクに潜入する武装勢力(過激派)がシリアに集結してしまい、ここからアメリカとの関係が悪化し始めます。
2010年暮れに始まったジャスミン革命から「アラブの春」と称する暴動がアラブ世界に広がり、そのどさくさの中でカダフィ大佐も殺されました。この「アラブの春」は、インターネットの普及に伴って拡大したとも言われていますが、背後関係がなかったどうかは判っていません。
結果的には、体制側(反革命側)を「ロシア、中共」が擁護し、革命側を「サウジアラビア、トルコ」などが支援、そしてアメリカがその背後に居るだろう・・という構図になりました。
この暴動に巻き込まれたのがアサド大統領のシリアでした。国内は混乱し、アサド大統領擁護派と反アサドが対立し、化学兵器が使われたわけですね。
どちらが使ったのか、外国勢力(アメリカなど)の謀略なのか、それは判りません。
しかしそれにしても、なぜアメリカとシリア・アサド政権が対立しているのか、イスラエルの関係なのかどうか、よく判りませんね。
ただ今年6月にロイターが報じたニュースに気になるものがありました。シリア軍が北部の町アザズを爆撃し、30人余りが無くなった時のことです。ロイター通信社はシリア軍の攻撃かどうかは未確認としています。
「ガイトナー財務長官が(アサド政権への)制裁強化として、アサド政権幹部が国際金融制度を利用認める理由はないと述べ、『責任ある国家は早急に対シリア経済制裁に参加することを期待する。必要ならばアラブ連盟が言及した国連憲章第7条基づく処置検討する』と述べた」
それから3か月、化学兵器が使われたとして、それがシリア・アサド政権によって使われたとして、いよいよ第7条の適用、すなわち軍事介入をオバマ大統領が決断した・・・という筋書きになっています。
さて、本当にアサド政権が化学兵器を使ったのか、それとも陰謀による演出か、安倍政権はそこを良く見極めたうえで、自衛隊派遣などを決定する必要があるでしょう。
経済制裁は、昨年の11月までに、「アサド大統領及びその関係者等に対する資産凍結」と「対象者の追加」、そして「シリア政府関係者等に対する資産凍結等の措置とその追加」を行っています。
しかし、「難民保護」の目的で約9億8000万円の援助を行っていますから、まあアメリカの顔を立てながら、ある意味でシリアへの援助は続けているわけですね。
これからが問題です。自衛隊の派遣の目的は「軍事活動」も経験することですが、同時に分裂したシリア国民をどのように収めるか、アメリカの顔を立て、ロシアに手を退かせ、中共を無視し、そして何がオバマ・アメリカを怒らせているのかを究明することが必要でしょう。
単にイスラム過激派の温床になっているという理由だけでもなさそうですから。
なぜ今、安倍首相がサウジアラビアに出かけたのか、見えてきませんか?
頑張ってほしいですね。
そして「地上部隊は派遣しない。(攻撃は)限定的なものになる」などとして、9月9日に再開される議会の承認を求めると述べました。
一方、英国に拠点を持つ「シリア人権監視団」というのがあって、そのグループがシリアに入り化学兵器がどう使われたのかなど調査をしています。そのグループの代表であるアブドルラフマン氏は、「化学兵器による被害で死亡が確認された市民らの数は、502人にとどまる」と発表しました。
オバマ政権が把握している死者数は1429人であって、半分以上の開きがあります。オバマ大統領は、アブドルラフマン代表は死者数の根拠を示すべきだ」と述べて、その調査結果を疑っています。
これに対しアブドルラフマン代表は、「病院関係者や被害地域の反体制派関係者からの聞き取りに基づき、一人一人の名前を確認しながら慎重に死者数を数えた」と答えました。
そして肝心の「化学兵器を使ったのはアサド政権なのかどうか」はいまだに闇の中にあります。
さて、アサド大統領が、サダムフセインなどと同じ独裁者のようなイメージが出来上がっていますが、実際にはそんなことはないようです。
彼はもともと医者でした。父がハーフェズ・アル=アサドで、2000年までシリアの大統領を務めていたわけで、その後継者として、軍医から大統領になったという2世となります。
優秀で模範的な学生で、ダマスカス大学医学部(眼科)を卒業後一旦軍医となり、その後英国に留学、ロンドンのウェスタン眼科病院で研修していたのが1992年頃でした。
政治への関心は余りなくて、医者としての人生を考えていたようです。英国で知り合ったアスマー・アル=アフラスさん(英国生まれ)と結婚したのは、彼が大統領になった翌年の2001年でした。
このアフラスさんは、JPモルガンの投資銀行部門でM&Aを手がける美人のキャリアウーマンだったそうです。
父ハーフェズ氏の後継者として、兄のハーフィズ・アル=アサド氏が居りましたが交通事故で死亡。急遽留学を中断してシリアに戻り、「バースィル兄さんが志した道を歩む」と父に告げ、医務局付き大尉の肩書でシリア陸軍の軍務に付き、ホムス士官学校を卒業して政治家への道を歩み始めます。
父であり、独裁政権の大統領だったハーフィズ・アル=アサド氏が2000年6月10日に亡くなり、その7月10日に信任を問う国民投票を実施し、7月17日に後継大統領に就任したわけです。ですから独裁者が国民投票によって生まれたわけですね。
しかし政治的経験があまりない大統領です。もっぱらハーフェズ時代以来の首脳が政務を行っているのが政権の実態ということのようです。
シリアの大統領は、憲法によって絶大な権力を持っているそうです。しかし温厚な性格であるアサド大統領になってから、その権力はあまり使われてはおりません。
2007年5月に、再び国民投票で再任されたわけですが、イラク戦争以降、イラクからの難民とイラクに潜入する武装勢力(過激派)がシリアに集結してしまい、ここからアメリカとの関係が悪化し始めます。
2010年暮れに始まったジャスミン革命から「アラブの春」と称する暴動がアラブ世界に広がり、そのどさくさの中でカダフィ大佐も殺されました。この「アラブの春」は、インターネットの普及に伴って拡大したとも言われていますが、背後関係がなかったどうかは判っていません。
結果的には、体制側(反革命側)を「ロシア、中共」が擁護し、革命側を「サウジアラビア、トルコ」などが支援、そしてアメリカがその背後に居るだろう・・という構図になりました。
この暴動に巻き込まれたのがアサド大統領のシリアでした。国内は混乱し、アサド大統領擁護派と反アサドが対立し、化学兵器が使われたわけですね。
どちらが使ったのか、外国勢力(アメリカなど)の謀略なのか、それは判りません。
しかしそれにしても、なぜアメリカとシリア・アサド政権が対立しているのか、イスラエルの関係なのかどうか、よく判りませんね。
ただ今年6月にロイターが報じたニュースに気になるものがありました。シリア軍が北部の町アザズを爆撃し、30人余りが無くなった時のことです。ロイター通信社はシリア軍の攻撃かどうかは未確認としています。
「ガイトナー財務長官が(アサド政権への)制裁強化として、アサド政権幹部が国際金融制度を利用認める理由はないと述べ、『責任ある国家は早急に対シリア経済制裁に参加することを期待する。必要ならばアラブ連盟が言及した国連憲章第7条基づく処置検討する』と述べた」
それから3か月、化学兵器が使われたとして、それがシリア・アサド政権によって使われたとして、いよいよ第7条の適用、すなわち軍事介入をオバマ大統領が決断した・・・という筋書きになっています。
さて、本当にアサド政権が化学兵器を使ったのか、それとも陰謀による演出か、安倍政権はそこを良く見極めたうえで、自衛隊派遣などを決定する必要があるでしょう。
経済制裁は、昨年の11月までに、「アサド大統領及びその関係者等に対する資産凍結」と「対象者の追加」、そして「シリア政府関係者等に対する資産凍結等の措置とその追加」を行っています。
しかし、「難民保護」の目的で約9億8000万円の援助を行っていますから、まあアメリカの顔を立てながら、ある意味でシリアへの援助は続けているわけですね。
これからが問題です。自衛隊の派遣の目的は「軍事活動」も経験することですが、同時に分裂したシリア国民をどのように収めるか、アメリカの顔を立て、ロシアに手を退かせ、中共を無視し、そして何がオバマ・アメリカを怒らせているのかを究明することが必要でしょう。
単にイスラム過激派の温床になっているという理由だけでもなさそうですから。
なぜ今、安倍首相がサウジアラビアに出かけたのか、見えてきませんか?
頑張ってほしいですね。
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