大阪維新の会の橋下市長が推し進めてきた「大阪都構想」。大阪市政と大阪府政の二重行政が無駄だとして考案された大阪都構想は、藤井聡京大教授などの資産で「メリットよりもディスメリットの方が大きい」とする反対論の前に僅差によって住民から「ノー」を言い渡されました。
約束通り「橋下市長」は大阪維新の会の代表を辞任、市長については「任期を以て政界を引退する」旨を発表しました。
これで大阪は今までどおりの行政システムが残り、大阪維新の会は出直しを余儀なくされたのです。
橋下市長は、この住民投票で「都構想」が否認さて多場合は「辞める」と述べていましたから、その約束は守ったわけです。
しかし、議員とは国民に選ばれた責任と言うものもあるわけです。今回の投票では賛成694844票、反対7055855票との僅差でした。
住民の中の半分は「大阪市と大阪府の二重行政に疑問を抱いている」ことになるのではないでしょうか。
で、あるなら、何故反対の方が多かったのかを認識する必要があると思います。藤井聡教授の言うことは正しいでしょう。しかし、それを「住民サービスの悪化」の部分だけを考えて「反対」を投票したのかも知れません。自分だけのことを考えた「エゴイズム」投票です。
現状、東京都に日本の行政機構が集まりすぎておりますし、「東京直下型地震」の危険性も高まっていると言う昨今、東京の災害が日本崩壊の序曲になっては困ることも事実です。
藤井聡教授は「日本強靭化計画」を推進する一人でもあるのですから、このような問題も包含した「大阪・都バックアップ構想」などと銘打って、「行政の強靭化」をも考慮した大阪の改革を打ち出すべきではないでしょうか。二重行政の合理化は、このスキームのなかで解消するような考えを出せば良いように思うのです。
橋下氏が「都構想否認なら辞める」としたのは、彼自身の行き詰まりかも知れません。弁護士、タレント、そして代議士というステップを進んできた橋下氏は、代議士という仕事に行き詰ったのかも知れません。
行政改革は、設計すべきものでは無いのです。
いわゆる「社会システム」とは、スイッチのない機械と考えるべきなのです。動かしながら少しづつ変えていくべき機械で、老朽化もしませんし、生まれ変わりもしません。
ですから常態的に改革がなされているべきものなのです。新たな技術改革が日常生活に影響を与え、それが多数に変わっていく中で行政府に圧力が加わり、少しづつ変化せざるを得なくなっていくのが「行政改革」です。
革命とは破壊のみであり、創造は出来ません。フランス革命は成功したかに見えましたが、やがてナポレオンによって失敗とされます。ロシア革命も60年程で共産主義から元のロシアに戻りました。
正確にいうと、技術改革の部分があって、完全に元へは戻らないのです。ゆえに国力は低下してしまいますね。
大阪を東京と同じような行政一本化にする「大阪都構想」ではなくて、大阪を東京都のバックアップ都市にするという「大阪・都バックアップ構想」であれば、もっと国民的支持も集まったと思いますし、藤井教授も引き込むことが出来たような、そんな気もいたします。
「都バックアップ構想」という行政手法は、一見無駄に見えます。それはこの構想が「安全保障」という目的を持っているからです。
「安全保障」にかけるお金は、「すべてが無駄」という結果になることが一番良い結果なのです。「やってて良かった」となるのは、何らかの災害が起きた時だけです。
つまり、安全保障の合理性は、経済合理性とは全く逆であることに注意すべきなのです。保険の掛け金と同じですね。
昔、大阪の友人が、「大阪の行政を見ていないと解らないだろうけど、橋下氏の行いに胸がすっとするんだ」と述べていました。
部落問題に朝鮮人が絡んで、さらに暴力団とかサヨク団体も絡み、行き詰った大阪の行政が、公務員の自信を失わせ、やる気を阻害し、やがて府民のサービスが停滞する事態となったのではないでしょうか。
そこを若さと本音で突き進んだ橋下徹議員が、大阪府民の期待と信頼を担ったのでしょう。「維新の会」は先入観にとらわれない橋下氏の政党だったのです。
失敗した原因は、「社会システムとは、スイッチのない機械である」ことに気付かなかったことなのかも知れません。
そこまでやったら「動いているのだから壊れる」と思った府民が半数を少し上回る数だけ居たと思えば良いのではないでしょうか。
これで「維新の党」は橋下代表を失いました。その後には「松野頼久」氏が選出され、幹事長には柿沢未途氏がなるのだそうです。
いずれも2世議員であり、松野氏は鳩山元首相の官房副長官を務めた人。現実を無視した理想に走らないようにして、「政治」を行って欲しいですね・・・
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