2012年4月2日月曜日

海上自衛隊イージス艦、東シナ海へ・・・


北朝鮮が人工衛星を上げると言うことで、やっと大儀ができた日本の防衛庁です。
海上自衛隊のイージス艦「きりしま」が31日午前、海自横須賀基地(神奈川)を出港し、4月上旬に東シナ海に展開、迎撃可能な態勢に入るとのことです。展開するのは他に「みょうこう」、「ちょうかい」の合計3隻。

さらに沖縄県の本島や石垣島、宮古島、東京・市谷の防衛省などには陸上の防衛体制として、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が配備されます。

この布陣、東シナ海有事の時と同じなのではないでしょうか?
この布陣の目的としては、北朝鮮のロケットが失敗し、本体や一部が日本領域に落下してきた場合に、大気圏外で迎撃することと、それでも打ち損じた場合に備えてパトリオット(PAC3)が配備されると言う事ですが、日本全土の重要拠点7箇所に配備されるのは、おそらく大陸・中共との紛争に備えてのシミュレーションではないでしょうか?

しかし、衛星打ち上げ用のロケットだとしても、発射直後に姿勢が崩れ、日本領土内に落下することを予測確認したあと、大気圏外で迎撃することの難しさは、いまのところ言われておりません。
これは、日本を標的とした中共の核ミサイルを打ち落とすより、はるかに難しい迎撃ではないかと思います。

それだけに、もし迎撃に成功すれば、中共は日本に対する核戦略を見直さなければならないかも知れませんね。

迎撃には失敗しても、もしイージス間から迎撃ミサイルが発射されたら、そこから多くの情報が得られるはずです。本番はあくまでも中共のミサイル。北朝鮮のミサイルではありません。

日本と北朝鮮は拉致問題を抱えてこう着状態。しかも現日本政府には北朝鮮の拉致問題にすら関わる暇はないようです。
アメリカが北朝鮮との単独交渉をはじめ、核開発の中断を呑ませ、その見返りに食料援助をまとめようと動き出した直後、発表されたのが「人工衛星の打ち上げ計画」でした。

北朝鮮からミサイルを飛ばし、その距離を誇示しようとするのはアメリカに対する牽制とも考えられますが、発射方向が東シナ海であることを見て、アメリカの同意が得られているのではないかとも勘ぐれます。
すなわち、東シナ海農耕に人工衛星に見立てたミサイルを発射すると北朝鮮が言うならば、北京は文句を言えないだろうし、これを大儀として日本の海上自衛隊が東シナ海で実戦配備につくことが可能になるということです。
北京からは北朝鮮に「憂慮伝えた」ということですが、日本に対しては「冷静な対応を・・」などと仙台で程永華駐日大使が述べています。

アメリカにとって、日本のイージス間から得られる情報は、訓練の場合よりも実戦に近い情報になるのではないでしょうか?
軍事的にどのような解析がなされるのかは判りませんが、本番に備えて北朝鮮を使った訓練を行うことは、かなり意味のあることと思えます。
しかも、このような地域で軍事訓練を行えば中共だ黙ってはいないでしょう。しかし北朝鮮の人工衛星であれば何も言えません。
日本の正規軍が展開するのは、あくまでも失敗して日本領土に落下する場合に備えてのこと・・・という理由が通ります。

日本と北朝鮮は、拉致問題があるために政治交渉はできません。まずは拉致被害者の返還交渉からになりますから。
しかしアメリカは交渉することが可能です。核開発凍結が大儀であり、交渉決裂でもかまわないわけですから。
これを利用した「中共封じ込め戦略」。そういう戦略だったら頼もしいのですけどね。

2012年4月1日日曜日

皇室の伝統・文化を守る議員連盟の売国奴



3月28日に、民主党「皇室の伝統・文化を守る議員連盟」という議員連盟の総会が開かれました。
国学院大の大原康男教授が講演し、女性宮家創設が女系天皇誕生への道を開きかねないことや、皇族方の減少には旧皇族の皇籍復帰で対応すべきだとの正論を述べました。
ところが、この民主党の連盟は会長が中井洽議員という売国奴です。秋篠宮様に「早く座れ」などと言った恥知らずな国会議員で、皇室を女系にすることで破壊しようとしている輩。

そして彼らの主張である「旧皇族の皇籍復帰は、果たして(国民に)理解されるのかという問題もある」などとありもしない問題をでっち上げております。
この手法はサヨク・ヤクザが良く使う方法です。問題の無いところを指摘して問題を捏造し、国民がぐらついたところで、さっと破壊目的に持ち込む手法。

現在、旧宮家には3名の男子が居られます。
旧賀陽宮家の長男、そして次男。さらに旧東久邇宮家の長男の3名です。まだ小学生以下の男子の元気なお子様たちです。
彼らが宮家復帰を行い、高校生になられた頃からご公務のお手伝いを行っていただければ、現皇室の方々のご公務も軽減され、そしていやでもマスコミに載ることになり、次第に国民の間にも知れ渡って行く事でしょう。

次の天皇陛下は、現皇太子の「徳仁(なるひと)親王」、そしてその次はおそらく「悠仁(ひさひと)親王」と続く予定ですから、皇族に復帰された旧宮家の男の子たちは、成人となりご結婚をされて、そのお子様が男の子の場合に皇位継承の可能性を持つことになります。
もちろん、悠仁親王も成人となられ、ご結婚をして男の子が生まれる可能性も大きいわけですから、旧宮家の皇族復帰で天皇陛下になれる可能性はそれほど高くはないのかも知れません。

ですから、旧宮家の皇籍復帰には「悠仁親王」のプレッシャーを軽減するという意味が重要なのではないでしょうか?
職業選択ができない立場なのですから、すこしでもプレッシャーを軽減してさしあげることは、国民の務めでもあるように思います。

中井洽議員が「果たして(国民に)理解されるのか」というのは、このような段階を踏まないで、いきなり天皇陛下の候補などと発表することをイメージしているのではないでしょうか?
そこには、どうしても女系容認を果たし、皇統破壊をたくらむ売国の意図が表出しているように感じます。

宮内庁の羽毛田信吾長官は、悠仁親王が誕生した直後も、「皇位継承の安定は図れない」という論を述べております。
もともと男系継承という継承には生物学的な無理があり、そういう意味では今までも「皇位継承の安定」などは無かったことになります。

側室制度が、唯一男系の継承を可能にしてきたわけですが、それでも徳川家に見られるように、長男継承が途絶えてしまうことは多々あります。
家康の家系が途絶えたのは1716年でした。その後を紀州藩の吉宗が継ぎます。1867年までは男子継承がうまくいきますが、そこまで。そのあとを継ぐのが水戸藩の慶喜でした。
このように、例え側室制度があったにしても男子継承がいかに難しいかが判るかと思います。

現在の旧宮家の復活はわずか60年ほどの中断です。2600年の皇統の歴史からみれば僅かなもの。
ですから皇籍復帰はほとんど問題はないはずです。本当の問題は、そのあとの継承です。
さらにさかのぼった宮家の復活が必要になるのかも知れませんが、いったいどこまで戻れるものなのでしょうか?

それよりも、「悠仁親王」の時代になれば、生殖医学が今以上に進歩し、そこからこのような問題を解決に導く医学と哲学の原則が出来上がってくるかも知れません。
それまでの辛抱のようにも思えますけど。

2012年3月30日金曜日

衆議院選挙は来年の6月、耐えられるか日本



衆議院の解散が今年6月などという噂が出されていますが、おそらく来年の6月以降までずるずると引きずられるでしょう。
不況下増税という訳のわからない政策に命を掛ける野田首相です。この素人政治では、解散の駆け引きなど出来ないでしょう。小沢元党首が野田降ろしを始めるとのことですが、それは4月の判決の後になるでしょう。

与党を迎え撃つ野党もまだ何も準備が出来ておりません。解散になったとしても、どのような政策が打ち出せるのでしょうか?
それに野党第一党の自民党のだらしなさもさることながら、経済界がまったくほとんど中共寄りになってしまいました。薄利多売の能無し競争を続ける製造業。その成り上がりのサラリーマン社長が、長期計画を持たず目先の利益に埋没した結果、中共に押さえつけられた格好なのではないでしょうか?

そういう財界の先棒を担ぐように、民主党首脳があいも変わらず中共に「土下座外交」を行っています。
訪中したのは民主党・輿石幹事長。党内分裂を収めきれない幹事長が、わざわざ中共に土下座しに行くこともなかろうにね。

そこで次期最高指導者に内定している習近平国家副主席と会談、「村山談話」を引用して「民主党は8月15日に戦争の悲劇を繰り返さないとの談話を出している」などと話したとか。
相手側は、「歴史問題を直視することが大事だ」と、いつものフレーズを繰り返しただけですが、すでにアメリカなどから当時の実録資料が相次いで発表されている時です。中共の思惑からはずれる歴史の事実の直視に対しても、同じ発言がなされるのでしょうか?

自民党の準備不足は、憲法改正問題などにも現れています。
憲法改正推進本部(保利耕輔本部長)の起草委員会は28日、改憲原案の一部修正案を今月中にまとめるとか。
そして4月下旬までに最終案を策定し、国会提出を目指すそうですが、そのようなことでは間に合わないのでは?

日本国憲法は不備だらけの憲法です。しかし、不備だらけということは、解釈によってどうにでも変えられるとも言えます。
もともとGHQが英文で作成し、それをむりやり日本語に置き換えたもの。一部には当時の愛国者たちが懸命に抑えた文言もありますが、日本語化したことで全体的に抽象的な文体となり、解釈はどうにでも出来ます。

ですから、出来もしない憲法改正を議論するより、解釈によって自衛隊を国防軍にして、兵器を開発し、戦闘行動も可能にしてしまえば良いだけ。敵国は当面は中共ですから。
その解釈変更を世界に向けて発表すればいいだけです。
あの「村山談話」とか「河野談話」という事実無根が通る国ですから、憲法の文言の解釈を変えることくらいすぐに出来るでしょう。

保守系の弱小政党である「たちあがれ日本党」。その設立を促した石原東京都知事は、「憲法改正より破棄を」と述べています。
それが出来るならその方が良いでしょうが、ちょっと無理なのではないでしょうか?
そして、もしそれを願うなら、たちあがれ日本党などが「大日本帝国憲法」を現代国語に翻訳して、チラシでも配ったらどうなのでしょうか。

日本国憲法を破棄することは、とても理にかなったことです。しかし、それを実行すれば、しばらくは我が国は「大日本帝国憲法」になります。
(もしそれも破棄すれば、我が国の憲法は聖徳太子の「17か条の憲法」にまで戻ります。)

左翼のコアだったマルクス・レーニンの社会主義革命はすでに過去の醜悪な遺物となりました。しかしそれを認めたくない日本サヨクが今行っていることは、日本を貶め解体させようという「怨念」だけ。
もし、日本国民がしっかりしていれば雲消霧散してしまうでしょうに。
そうさせないため、マスコミ・テレビは毎日のように「お馬鹿番組」を繰り返すという構造になっていて、いまだ日本だけが「改革(革命思想)」という幻想にとらわれています。

来年6月まであと1年と3ヶ月。その間に、このような準備をしなければ、野党が政権を奪取しれも何も変わらないのではないでしょうか?
小沢議員が言うような、初秋に解散は・・・まあ「小沢氏の判決」次第でしょうけど。

2012年3月28日水曜日

映画・マーガレットサッチャーを見て


「鉄の女」と呼ばれた英国首相。10年以上の長期政権をやり抜き、IRA(アイルランド共和軍)のテロに屈せず、フォークランド戦争を勝ち抜き、英国経済を不況がら脱出させた宰相、マーガレット・サッチャー氏の伝記映画なのですが・・・いえ、まだサッチャー氏は健在です。
映画は、現在を生きるマーガレット・サッチャー氏の回想形式で、サッチャー政権の苦悩と勝利を描いてはいるのですけど・・・

この映画の製作者は、誰でも知っているサッチャー政権時代の出来事を、どのように描くかで新しい試みをしたようです。
現在、マーガレットサッチャー氏は痴呆症と戦っているとか。製作者はこの現実と向き合い、現在の彼女を描こうとしたものと思います。

映画は、最初から年老いたサッチャー氏がミルクの買い物をするところから始まります。(サッチャー氏が、かつてミルク泥棒と揶揄されたことに引っ掛けたのかも)
亡くなったご主人を妄想しながらの食事。ヘルパーの女性たちのひそひそ話だけは良く聞こえ、朝サッチャー氏が一人で買い物に行ったことをののしるようなおしゃべりが入ります。

そういう生活の中で、サッチャー政権の思い出が、回想の形式で入ってくるという作品です。

子供の頃の空襲で非難したときの思い出、家業の雑貨屋を手伝った思い出、オクスフォード大学にうかった時の感動、保守党に入り、最初の選挙で落選し、そこでプロポーズされたという思い出。
これらのエピソードが語られていきます。

マーガレットが「保守党党首に立候補する」と言ったときの家族の反対。
選挙のための発声練習と、その自分を宰相まで導いてくれた人の爆弾テロによる死。
首相になって、初めてダウニング街10に入るときの緊張。そして自分の政策に反対され、マスコミに叩かれ、労働者のデモにもみくちゃにされた時の恐怖。
フォークランド島をアルゼンチンに乗っ取られた時の苦渋の判断。戦争突入と、戦死者が出たときの苦しさ、そして勝利。
国家の意思と、それゆえに避けられない戦争。しかし決断は常に一人の政治家の孤独な判断に掛かっていることを、かなりの説得力で映画は語りかけます。

その勝利が幸いして長期政権となり、サッチャリズムが軌道に乗ってデフレ不況は克服されましたが、そこらへんのエピソードは飛ばされております。(マネタリズムからリフレーション政策に変わったことは、描きたくなかったのかも知れませんね。)
サッチャー政権末期の、人頭税の導入とその反対での挫折。選挙に負けてダウニング10を出て行く時の寂しさ。

これらのエピソードが、サッチャー氏の妄想と織り交ざりながら展開していくシナリオは、ちょっと判りにくくもありますが、エピソードそのものは時系列にまとめられていますから、迷うことはありません。
しかし、この映画を単なる名宰相・マーガレットサッチャー政治の伝記映画だと思って見ると裏切られた感じがするかも知れませんね・・・

すなわち、製作者は「痴呆」というか「老いて行く」とはどういうことなのか、過去の妄想と現実が入り混じり、次第に自分を見失っていくということがどういうことなのか、サッチャー元英国首相という人物を通して、解説するのではなく、鑑賞者自身に体験させようと試みたのではないかと思います。

サッチャー役のメリル・ストリープ氏の見事な演技。そしてメーキャップのすばらしさは、まさに私の生きた時代の、あのサッチャー首相であり、老いた演技はまさに現在のサッチャー氏に見えてきます。(私も老いたものだと感じさせられますね)

最後のシーンで、ヘルパーが「今日も議会に出かけますか?」などと意地の悪い言い方をサッチャー氏にぶつけます。「いえ、今日は行かないわ」などと答えるサッチャー氏の毅然とした言い方。
「痴呆」になったからって、それが何なのだ・・という現在を生きるマーガレット・サッチャー氏に、なぜか心の中で拍手を送りました。

だって、誰でも通る人生なのですからね。

2012年3月27日火曜日

アメリカの代弁者、マイケルグリーン氏の橋下氏評


無政府状態が続く日本で、怪気炎を上げている橋下大阪市長と「大阪・維新の会」ですが、最近は「維新政治塾」なるものを発足させて、未来を担う政治家を育てようと頑張っています。
カリスマ性に富んだ橋下市長の元へは、多くの若者、行き場の無い政治家、税理士とか弁護士が集まってチャンスがあれば国政へ・・との意気込みをみせております。

橋下市長のカリスマを、クールに見てみると「ポピュリスト」的傾向が強く、こじつけのような政策もちらほら。
ですから集まる人たちも、保守傾向の強い人たちからサヨク傾向の強い人たちまで雑多となります。
熱く語っている間はいいのですけど、政党立ち上げともなれば、分裂必至の状況ではないでしょうか?
そして、このような状態が続くと最も懸念されるのは、外国の工作が入ってくる危険性が高まることです。

さっそくアメリカの国家安全保障会議の元アジア上級部長だった「マイケル・グリーン氏」がこの維新の会を評価します。
グリーン氏は現在、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長やジョージタウン大学教授を務める、いわばアメリカの代弁者。もっともアメリカは一枚岩ではありませんけど・・・

「橋下氏への人気は日本の政治での異色の重要現象で、同氏はポピュリストとして明確な技量を備えている」と、アジアの新リーダーについてのセミナーで語り、さらに「日本では県や市などの地方自治体の長やそのグループが国政にすぐに進出することは構造的に容易ではない」として「橋下氏がこの枠を破って国政の場で活躍する可能性もある。首相あるいは首相の任命を左右できるキングメーカーになることも考えられる。」と持ち上げております。

そしてはっきりと「日米同盟支持、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)支持で、米国との安保関係も経済関係も円滑にいくだろう」と述べ、「(反原発の姿勢は)日本の経済を考えれば、夢想しているに等しい」とも述べました。
まちがいなく、現在のアメリカの要求を代弁していることは確かです。日本国民が割れている「TPP」なのですけど、橋下市長は賛成のようです。

もし、橋下氏がTPPの交渉の席に出るならば、アメリカに対して捕縄に手ごわい「タフ・ネゴシエーター」になれるのかどうか・・・グリーン氏はポピュリストならたいしたことは無いと考えているのかも知れませんね。
橋下氏がもし日本のコンサーバティブな発言で人気を獲得したとしたら、アメリカは非常手段を使ってでも彼を潰したでしょう。

橋下市長がポピュリストであることがはっきり判るのが反原発というスタンスです。
彼が反原発を言う根拠に、技術的なものは何も無く、多くの大衆が反対だから自分も反対というだけのこと。
グリーン氏が指摘する「夢想」という意見には賛成ですが、アメリカの原発推進が脱石油にあり、それがイスラム抑止を進めるキリスト教国家の国策になっている点はいただけません。
だからこそ、核開発を進めるイランに対して攻撃を仕掛ける態度を見せるわけですね。

日本の反原発は「感情論」です。放射能を怖がる様子を見ていて判ることです。
「根拠無き恐怖」が、被災地の瓦礫受け入れをも拒否しているわけです。風評被害と言うより、サヨク・ポピュリズムに煽られているようですね。
それに乗っかった橋下市長。きっと大勢のサヨクがこの「維新政治塾」に集まり、やがて基本理念などを捻じ曲げ、国民の権利や利益を蝕んでいくことでしょう。

これまでにも、散々やってきた左翼の手法ですから。そして橋下氏もいつまでも若くは無いわけですから。

2012年3月26日月曜日

政府支出を減らすためなのか、公務員の削減


消費税率アップの法案がまとまらない中、政府は公務員削減案として、新規採用を5割異常削減する案を提出してきました。
8割の削減を出しておいて、法務省や国土交通省の反対を聞いた振りをして5割以上の削減案に落とし込むなど、手の込んだやり口を見せる政府与党ですが、このような削減案も結局はデフレ推進政策であることは判っているのでしょうか?

民間に仕事がなくなったのは、お金が枯渇したからです。政府に借金が幾らあろうと、こういう時は政府支出を増やすのが当たり前。
国債を発行しようと、政府通貨を発行しようと、あるいはアメリカ国債を日銀に買い取らせて政府資金を作り支出しようと、方法などはどうでもいいのです。

政府支出と言っても、子供手当てや高校無償化などの、生産に結びつかない支出は意味が無いことも当然ですね。
GDP(国内総生産)が上昇するような使い方でなければなりません。即ち「道路を直す」とか、新しい公共施設を作るとか、国家防衛のための軍事関係に使うなど、いくらでも使い先はあるはずです。

たとえ政府がその通貨発行権を使ってお金を作り(ようするにお札を刷ること)、政府支出をまかなったとしても、何の問題もありません。
昔は、王侯貴族などと言うものが「お札」という借用書を乱発し、軍備などを整えました。借用書の決済は戦争に勝って、敵からの戦利品でまかなうことで帳尻を合わせます。
もちろん負ければ、借用書で物資/労働を提供した方はすべてを失いますけど・・・
産業化が始まると、このお札の管理は国家にゆだねられますが、乱発によるインフレで経済がうまく機能しません。民主主義を取り入れた国家は、お金の発行を民間の銀行に任せて、銀行は兌換紙幣を発行することで信用確保と乱発防止が出来るようになりました。
ところが、今度はデフレが民主主義社会を襲います。国民の皆様が金に変えられるお札を貯め込んでしまい、街中からお札が消えてしまうからです。
そこで、兌換を止めてお札の発行は幾らでも可能にして、デフレの時は通貨発行、インフレになったら通貨引き上げというコントロールが出来るようにしました。
金の価格は他の商品と同じように相場で決まるだけです。
こういうわけですから、今、デフレの真っ只中にある日本は政府によって通貨発行を行っていいというわけです。

どこまで通貨を発行できるかということも、経済学はデフレーターという指標を使って指摘します。デフレーターは・・・
     名目GDP / 実質GDP × 100    ・・・です。
名目GDPとは、現在の物価水準を考慮したGDP総額で、実質GDPとは過去のある年の物価水準を基にしてその年のGDP総額を計算したものです。ですから計算結果が100を超えれば物価が上がっていることを意味し、100を割り込めば物価が下がっていることになり、即ちデフレとなっていることを示しているわけです。
現在の日本は、この指数が100を大きく割って85くらいでしょうか、デフレ真っ只中にあるということです。

政府支出を、「新たに発行したお金」でまかない、公務員を増やして給料を払えば、そのお金が「GDPに反映される取引」として使われ、デフレ脱却にも貢献します。
お札を兌換紙幣にしないのは、こういう手法によってデフレを克服出来るからです。

仕事が無い時代です。公務員を減らせばますます仕事がなくなります。失業者とかニートが増加して、健康保険や国民年金の制度も破壊されていきます。
国民の中に社会不安が渦巻き、自暴自棄になって敵を外国に求め、やがて戦争になった過去の歴史があります。
そうならないように兌換を廃止した紙幣政策。

日本政府も日銀も、どうしてそれを使わないのでしょうか?
日銀の白川総裁など、日銀の方々の話を聞いていると、まだ兌換紙幣を印刷しているのかと思うほど、奇妙な慎重さがありますね。理由は判りませんけど。

お札は単なる紙切れなのですよ。何のための紙切れかと言いますと、アカウントのための紙切れです。なぜ紙切れにしたかと言いますと、それによってインフレ対策もデフレ対策も可能になるからです。

アカウントとは、複式簿記の帳簿の勘定のことです。すなわち取引きとは帳簿取引きであって、それを表現するのが紙幣というわけです。
だからこそ、紙幣を仲介しなくてもインターネットでも取引が出来るわけです。これを電子マネーと言います。クレジットカードで支払いを行う場合は、まだ紙にサインなどが必要です。しかしオンラインでの決済ではサインも不要になりました。カード番号と暗号伝送で、あとは住所などの情報で照合すれば、瞬時に決済が終わります。

紙幣の代わりになるカードとして、ICカードも現れています。すべて帳簿取引きという形態に変わりつつあります。

お札の必要性はどんどん縮小しています。「お札を刷る」という言葉は表現上の問題で、日銀の帳簿と政府の帳簿の貸し方と借り方に金額を打ち込めば終わりです。国債を発行したことにするのか、アメリカ国債を移したことにするのかは、決めればいいだけのこと。

公務員採用を50%台にする意味など、どこにもないのですけどね・・・

2012年3月24日土曜日

政府もどきの民主党、経済成長のシナリオすら書けず


増税増税と叫び、不退転の決意で増税するなどと言いながら、その見返りの経済成長の議論になると、まったく無策の民主党です。
消費税増税だけは、財務省主導に乗っかれば格好は付きますが、それに見合った経済成長のシナリオを書くことが出来ない、即ち政府としては糞の役にも立たない民主党のようです。

民主党は、平成22年6月に「新成長戦略」というシナリオらしきものを書いています。
その中で、第三の道という妄想を述べていることが、この政府が駄目だという要旨です。
「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」の確保・・・などと言いながら、根拠無きドラマを描き出します。

最初の論陣がリーマンショックの表現です。
「一昨年の世界金融危機は、外需に過度に依存していた我が国経済を直撃し、他の国以上に深刻なダメージを与えた。」としていますが、我が国のどこが外需に依存していたのでしょうか?
他の国以上に深刻なダメージを与えた・・・とは、他国は日本よりもダメージを受けなかったという意味のようですが、そうは思いませんけど。

さらに「新たな需要と雇用の創造を、『グリーン・イノベーション』、『ライフ・イノベーション』、『アジア経済』、『観光・地域』として、その基礎技術を、『科学・技術・情報通信』、『雇用・人材』、『金融』などとしていますが、その後の野田政権の活躍は、まったくこのような約束を無視しています。

「グリーン・イノベーション」は、鳩山元首相が炭酸ガス削減25%を、2020 年までに達成するとした国際公約の実現目標なのでしょう。
しかしそのシナリオが描かれていません。
たとえば、電気自動車です。日本国内を走るガソリン車を、すべて電気自動車にすれば炭酸ガス削減25%削減はすぐに達成できるでしょう。
電気自動車を普及するには、日本全国に10キロメートルのマス目を覆せて、そのマス中に必ず急速充電設備が1台はあるようにすればいいのです。
そしてこれは未来のインフラであり、新たな公共投資として既得権益の存在するところなのです。

これでバスもトラックも電気にすることが可能になります。充電時間を短くするには、カーボンナノチューブなどを使った超低抵抗の電線の開発が必須ですし、代替案の誘導コイルによるチャージなども研究する必要があります。
リチュウムイオン電池の陽極端子の、さらなる研究開発も必要でしょう。

「ライフ・イノベーション」などは、健康管理などというよりも自殺防止をどうするか、そのほうが切実な問題なのです。
そして自殺防止のシナリオは、経済成長による多角的な仕事の増大によるしかないのでは?

この「新成長戦略」を、まともに考えるならば「グリーン・イノベーション」を推進すればあとの項目はすべてついて来る問題です。
そして「グリーン・イノベーション」の現実は、原子力発電が無ければ達成不可能というものなのですね。

なぜなら、この発想の本質の出所がアメリカで、アメリカは核燃料の寡占体制を持っているからです。「地球温暖化ガスが、温室効果で地球を滅ぼす」というプロパガンダは、核燃料の流通で経済的優位を獲得しようとする戦略なのですね。

アメリカは着実にこのシナリオを動かしています。いまやガソリンはリッター150円を超えてきました。年内に170円台になり、数年後は200円を突破するでしょう。ホルムス海峡封鎖とか、イラン攻撃の可能性は石油の値上げが目的であり、安い電気は、原子力発電で確保され、そして石油に代わる新たなエネルギー経済が訪れるというわけです。
文句を言っても仕方ありません。アメリカは石油の流通と核燃料の流通の両方を握っているのですから。

民主党は、この「新成長戦略」を出したとき、このことを意識していたのではないのでしょうか?
大震災で原発を止めたり、公共投資を増税から持っていこうとしたり、やることなすこと無能政権であることを表出しています。
アメリカの戦略に乗っかっていた「新成長戦略」ですが、出した民主党自身が、このような本質を判っていないことが・・・駄目政党ということでしょうね。